40 love(ly) triangle
リンゴンリンゴン。
内壁街中に聞こえる鐘の音が、開け放たれたドアから流れ込む。
「こりゃどうもお姫様」
開け放たれた隙間から、その小さな男の子は、下卑た笑いを浮かべて揉み手をしている。
こういう分かりやすい、安い芝居をするところは直したほうがいい。
矯正してやろう。
「いだだだだだ!」
爪を立てた状態でのアイアンクローが彼の本心からの叫びを引き出す。
この子がこういう態度を取る時は、『なにかやっちまった』時なので、それも合わせて倍率ドンだ。
私はしばらくそのここちの良い歌声を楽しんでいたが、隣に立っていたオーランドお兄様に止められた。
さらにドンでいいところだったのに……。ま、いいか。
「それで、こんな時間にどうしたの」
この部屋自体には時計は無いが、ついさっき時報の鐘は夜の九時ちょうど、今日の終わりを知らせる鐘だ。
「……」
オーランドお兄様は突然やって来た名も無き少年を部屋に入れてやったが、その目は私の友人に対するものとしてはかなり厳しいものなのが気になる。
「とりあえず座って話そう」
少年をリビングに招き、私達兄妹と対面で座らせる。
「それで用件というのは? クレオリアに関することだと言っていたが。アーガンソン商会の使いが何を知っているのかな?」
持ってまわった言い方が気になる。言われた少年の方もキョトンとしていた。
私は既に、彼の名前がもう思い出せなくなっていた。
つまり記憶障害はひどくなっているということだ。
少年の名前が思い出せなくて、彼の存在が薄れていくことは、同時に私の存在が薄れ、弱くなっていく『確信』があった。
「あ、ええ。昼間のことについて……。ついでに言うとアーガンソン商会云々についてはわかりませんが、どちらかというと宰相様の使いなんですが。もちろんいつだって心は姫様の下僕でごぜえますが」
もいっちょイっとくか?
しかしアイアンクローの刑に処すには離れているので諦める。
「宰相様の使い?」
「本当にそうかな? アーガンソン商会の意図が働いていないとどうして言える?」
「ええっと……」
オーランドお兄様が私の問をかき消すように自分の言葉を被せる。
平凡な顔立ちの少年は、ずっと年上の明らかに敵意まで含んだ物言いに怖気づいていた。
「お兄様、何か物を含んだ言い方してもわからないわ。……君も真面目にちゃんと話しなさい」
私は二人にピシャリと物申す。
『味方同士』で疑り合っていても時間の無駄、精神の消耗、成功の否定だ。
オーランドお兄様は少し不満そうに、名も無き少年は恐縮して、しかし私の言葉を聞き入れたのがわかる。
「じゃあ、はっきり言うよクレオリア。さっき言いかけていたことだ」
「さっき? 私の記憶障害の原因になっている封印術をかけた人物に心あたりがあるっていう?」
わたしがあえてキッチリと言った言葉に、少年は明らかにヤベっという顔をした。
さっきまでの卑屈で露骨な態度はコレが理由か。
お兄様もその態度を見逃さなかったらしく、言葉でさらに突く。
「クレオリアにその封印術をかけたのは、アーガンソン商会だ」
お兄様の言葉は私と少年をフリーズさせた。
ただしそれは真相を言い当てられたというより、理解できなかったからだ。私だけでなく少年のほうも。
「アーガンソン商会?」
もちろんそれは私の親友ナタリーの家のことであり、彼女の父上を指す意味の言葉でもある。
そして、少年EとV、その一家が勤める主人だ。
「確かに、今日お伺いしたのはその封印術についてですけど……アーガンソン商会?」
少年の態度は本当になぜそんな結論になったのかを疑問に思っているようだった。
私も同様だったのでお兄様の言葉を待つ。
「私がそれに気がついたのは昨日クレオリアの話を聞いて、確信を持ったのは今日クレオリアの話を聞いて、だ」
「は、あ」
まだ良くわかっていないという風に少年は目玉だけを上に向け心当たりを探っているような顔をしていた。
お兄様はスッと右の手のひらを前に差し出し、ボディランゲージを交えて説明する。
「クレオリアの記憶の欠損部分は二ヶ月前からサウスギルベナを出るまで、そしてその封印術が施されたのはサウスギルベナを出発してから南方を出る一週間ほどの間」
お兄様が確認するように私を見たので、頷いて答えた。




