39 ポリティカルスペクトル2
「それでもう一つの条件て言うのは?」
お兄様は短く即答する。
「自分の駒であること」
つまりあれ? 政敵の陣営にいれば厄介この上ないけど、味方にいれば便利な持ち駒。
お兄様は頷く。
「おそらくは五大家の子息と政略結婚させる。最高の状況条件が見極められる年齢まではできるだけクレオリアが神人類であることを隠させる。他の派閥に手を出させないためにね。そのために医者に見せないように言った。もし診察中の拍子に腕輪が外れることがあったら話が外に漏れるからね」
そういうことか。じゃあ、ジル君との婚約話もあながち嫌がらせだけが理由じゃなかったのかも。
そのことを話すと、人当たりの良いお兄様にしては珍しく嫌そうな顔をした。
「それは神人類ということが分かる前の話だし、すぐに白紙になったそうですけど」
ただし、代わりに宰相様の光源氏計画が発動しそうなことは黙っておこう。こっちは本当に冗談だろうし。
「いや、その話はクレオリアが神人類であることがわかればどのみち白紙になっていたよ」
「え、でも宰相様の弟君ってことはリシュリュー公爵家ってことでしょう? ならお兄様の言った五大家の子息ですよ?」
「あくまでも政治的に最高じゃなきゃ意味が無いからね。確かにジュール様なら政略結婚の相手としては最高だけど。もっと政治的に意味のある相手がいるんだよ」
五大家で、最高権力者フィリップ様の弟より好条件の政略結婚の相手?
ちょっと思い浮かば……まさか宰相様本人って言う気じゃ?
「? どうしたんだい?」
「い、いえ。どうぞ続きを」
「うん。それは皇帝陛下御本人だよ」
「は?」
さすがにそれは無いんじゃないの? というか皇帝って現役でも后を迎えられるんだ?
「さすがに私も年齢的にないと思う。おそらく宰相様の狙いは、次の皇帝になる皇子にお前を嫁がせる、婚約者とする気だよ」
次の皇帝って、今の陛下だって随分お若い……え、それって、
「イツァーリ公爵大家のジークフリート皇子だよ」
あの子かあぁっ! あー、うん、アレかぁ。まぁ、少し脳筋だけど可愛げはある。
アレが結婚相手ぇ?
青年になったあの赤髪坊っちゃんと自分が並んでいる姿を想像してみて、馬鹿なことを考えている暇はないとあっさりと打ち消した。
「でも、なんで弟君からジークフリート様に相手が変わるんです? どちらも最高の相手にちがいないでしょ。確かにジークフリート様の方が将来性はちょっとあるかもしれないけど、ジル様だってあの宰相様の弟君で五大家の皇子。それに派閥? 的なことを考えてもジル様なら兄弟なんだからマッチングしやすいだろうし」
「そう。それも含めてジュール様だと意味がないんだ。彼とトラモント家の人間は外れる」
「意味が無い? 外れる?」
「ジュール様は次の皇帝にはなれないからね」
お兄様の話では、皇帝というのは二代続けて同じ大家から選定されないのだそうだ。
つまり次の皇帝はトラモント公爵家からは選ばれない。
ジュール様の場合はリシュリュー公爵家で別だということになるが、しかし現皇帝の乳兄弟であるフィリップ様は宰相も兼ねている。つまりあまりに現皇帝に近い。
同じ家から続けて選ばないのは、当然の事ながら権力の集中を防ぐためで、これは慣例である。
よほどの非常事態。それこそ帝位継承権者が片っ端から死に絶えるなんてことがない限り変えられない、ルールと言っていいだろう。
そういう理由なので、宰相の弟君であるジル君は次の皇帝には同じ理由で選ばれる可能性が低いそうだ。ただ、まだ6歳なので次の次という目がないわけじゃないんだろうけど。しかしそれよりも近い位置にいる子が同い年でいるのだから、推して知るべしか。
「フィリップ様はジュール様をジークフリート皇子の筒井の友として近づけていた。ご自分が現皇帝陛下の乳兄弟だったようにね」
「つまりジークフリート様の宰相にするつもり? それはいいの?」
「好ましく思う者は少ないが、無理じゃない。魔術師としての才能もおありのようだから、筆頭宮廷魔術師の地位にでもねじ込むつもりかもしれないけど。つまり后にクレオリアを、重要ポストに弟君を就けて次の政権でも隠然たる力を持ちたい、そんなところだろう」
「とにかく」
お兄様は一拍置いて私の手をそっと握り、顔を覗き込んできた。
うーん、我が兄弟ながら惚れ惚れするほど男前だ。ジーク坊っちゃんもこれくらいにはなっていただきたい。
「クレオリアの立ち位置は難しい場所にあるって分かっただろう。フィリップ様が神人類について知った以上もうサウスギルベナに篭って出てこないという選択肢はない」
お兄様が言った通りの政治的価値を考えればそうだろう。そんな存在を持ち駒から手放すわけがない。
「それにフィリップ様の政敵からも狙われますね」
霊的な正当性を持つ私の存在は、駒として持っている者以外にはなんとしてでも強奪か排除したいところだろう。まさか公爵家の人間を暗殺したりは……しないよね?
私の手を握るお兄様の手が少しだけ強くなった。
「安心してクレオリア。僕達兄弟はお前を絶対に守ってみせる」
お兄様の口調が少し昔に戻っていた。
私はそれにクスリと微笑った。
「それにお母様の娘ですものね」
私の言った意味が分かったのだろう、お兄様もクスリと微笑う。
お母様は『学園』の幼稚舎から社交界に進み、帝都社交界の華と言われていた(らしい)。
『学園』の幼稚舎出身ということはジーク坊っちゃんやジル君などと同じような立場。そういう地位にいる貴族だったということだ。
それが『流刑貴族』ギルベナ領主のお父様と結婚することになり、生家を捨てた。
そんな大貴族のお嬢様が、なにもないどころか治安の悪さと貧困だけが自慢の辺境の地に自ら進んでやって来たのである。
『ギルベナの引篭』なんて揶揄されるメタボで貧乏な少貴族のお父様がどうやって名家出身だったろうお母様を口説き落としたのか。いや、お母様の性格を考えると逆かも知れないが。とにかくなぜ二人がくっついたのかは我が家の最大の謎である。そして二人ともお母様の生家については教えてくれない。公的な記録としてもお母様の生家に関しては削除されているらしい。
確かな、残った事実は、お母様はそういった中央のしがらみを捨てるか、振りほどくか、ぶち破るか、何かをして今日も南方の田舎街で笑っているってこと。
そして私はそのお母様の娘だってこと。
そして私は三百年間独立独歩のオヴリガン公爵家の人間だってこと
つまり、
「ま、なんとかしてみますよ」
ってこと。
お兄様は軽く頷いてから、
「それからね、クレオリア」
「はい」
「クレオリアの記憶を奪った人間についてなんだが」
「ああ、私にかけられているらしい記憶の封印術のことですか?」
お兄様がラウールから伝えられたことなのでよくわからないが、スレイマン師がそう判断したということだから、私に何かしらの魔導封印がなされていることは間違いないだろう。
あの時頭痛がして気を失った状況を考えると、面倒なことにそれは記憶だけでなく、私の魔力のストッパーにもなっているようだ。
「昨日状況を聞いた時から疑っていたんだが、今クレオリアから工房であったことを聞いて確信したよ」
「確信?」
「記憶の封印を行ったのは……」
カランカラン。
部屋の外で呼び鈴がなる音がお兄様の話を遮った。
私たちは思わず目を合わせる。
「誰だこんな時間に?」
こんな時間? そう言えば今何時なんだろう。お兄様の言い様だともう夜になっているみたいだが。
「ウィーの奴かな?」
「ウェントアースお兄様?」
「うん。アイツもクレオリアの秘密について知っておいたほうがいいと思ってね。呼んだんだけど」
お兄様は私のオデコにチュッとしてくれると、立ち上がって部屋の外に出て行った。
お兄様が怪訝に思ったのは、ウェントアースお兄様なら呼び鈴など使わずに入ってくるからだろう。この独身寮の各部屋には、私も昨日来た時には気が付かなかったがドアの上の方に紐がついていてそれを引っ張ると部屋の中の呼び鈴がなる。
しかし……お兄様がさっき言いかけたこと。
私に何かの封印がかけてあり、その犯人に心当たりがある?
昨日と今日話したことで確信した?
私は自分が話したことをベッドの上で思い返しながらお兄様が帰ってくるのを待っていたが、戻ってくる気配がないのでベッドを出た。
簡単に服装と髪を整える。
ウェントアースお兄様以外のお客様だったのかしら。
私は寝室の扉をそっと開けて、顔を出して玄関の方を覗いた。
オーランドお兄様の背中が見えて、なにやら話し込んでいるようだが、相手の姿が……。
「あれ?」
オーランドお兄様の向こう側にチラ見するその人物を見て、私は思わず声をあげていた。
その声に気がついたのだろう。お兄様が振り返る。
そのお兄様の影から、小さな人影が顔を覗かせた。
「ああ、いたいた姫様」
「なんでここにいるの……誰だっけ?」
私は顔を見ても思い出せないその彼を見て言った。
「そのことついて、ね」
名も無き少年は苦笑いで私を見ていた。
その顔はどこか引きつってもいた。




