別物語 三ノウ
積道衆。
三百年ほど前に開発された新しい魔術。
灰魔術と呼ばれるもの。
その術を積道と呼び、それらを操る者のことを、彼ら自身は積道衆と呼んでいる。
彼らは玉兎院と名付けられた役所を担う、政府の役人でもある。
司るものは都市計画だ。現代の帝都は彼ら積道衆、玉兎院が天文道と呼ばれる易によって導き出した思想設計に基づく。
宰相であるフィリップも当然そのことは熟知している。
黒魔導士で構成されている宮廷魔術師などよりはよほど近しい政治的な存在かもしれない。
「積道衆は今、二つの派閥にわかれています。一つはケマル・アトタークが技術の簡易化、大系化を成した現代積道と呼ばれるもの。もう一つはセドリック・アルベルトが開発した個々の能力重視の原始積道と呼ばれるもの」
その説明にフィリップは少年を見やる。
「つまり、この少年はその原始積道とか言う一派の人間というのか?」
「さて。原始積道という言葉自体は派閥を現す言葉ではなく、積道の流派のようなものです。アトタークもアルベルトも三百年前の人物ですしね。現代積道は洗練され、使いやすくはなっていますが、原始積道に比べると脆弱と言われます。原始積道がそれだけ強力であるといえるし、人を選ぶがゆえに発展はしなかったとも言えます。だからこの子が原始積道の使い手であるからといって、派閥に関係しているとも言えませんよ。逆にそれ以上に危ない存在かもしれませんが」
自分で説明しておきながら、頼りのない答えを返す。
「どうなんだい?」
とこれは少年に尋ねた言葉だ。
少年は肩をすくめてみせた。
彼をずっと観察している人間がいたなら、そんな酔狂な人間がいたとしたら、雰囲気が変わったと気がつくだろう。
以前との違いは分からなくとも、違和感はあったにちがいない。
今までの子供らしくもない卑屈な姿勢から、どこか粗野なやはり子供らしくもないふてぶてしさが見えた。自暴自棄にも見える。化けの皮が剥がれたように。
「帝都の灰魔術師業界事情なんて知るわけ無いですよ」
「フン。で、さっきやっていたのは?」
「身体と精神に異常がないか調べてたんですよ」
それは六歳児の所業であるはずはないが、二人の男はそれを問い詰めようなどとは微塵も思わなかった。
スレイマンにとっては、可能性と年齢に相関関係はないし、そもそも魔術師の年齢を気にするというのがどれほど無駄なことかという、魔術師としての常識からだった。それに少年の言ったこと自体に嘘はないはずだ。幾つかの要因から推測すればそれは間違いないだろう。そんなことよりも彼自身が『推測するしか無かった』少年という存在自体のほうがずっと興味深い。
フィリップの方は既に頭を切り替えていた。
少年が少年らしくないとか、スレイマンが『ナニカ』としか言いようがないとか。
そういったことは既にどうでも良い。
相手と自分の距離、影響、持っている手札を見極める。
年齢? 重要な分析要素だが、やはりどうでもいいことでもある。
すでに舞台は変わっている。
フィリップはすぐさま、質問を切り出した。
「君にとってクレオリアという姫君はなんなのかね?」
問われた少年は不意を突かれたように怪訝に眉をひそめた。
「漠然としすぎてどうお答えすればいいかわかりませんね」
間を開けてから答える。
「彼女の代わりに死ねるかい?」
「死ねるわけ無い」
即答した。
「彼女を愛しているか?」
「愛がわかるほど経験があるわけないじゃないですか」
即答した。
そこまで訊いて、フィリップは黙ってしまった。
少年はなんなんだよとばかりに隣の黒魔術師に視線を向けたが、彼も「さあ?」としか返せなかった。
フィリップは前に出てくると、机の、クレオリアが横たわっている、その空いている上座に座った。
「別にたいしたことじゃないよ。政治の根源ってやつさ」
とますますわけのわからぬ返答をされた少年はうんざりしたのか、その意味を問おうともしなかった。
だが、フィリップにとっては必要な問だった。
少なくとも、この二人のうち、一人にはこの問をこの時にしておく必要があった。
スレイマンという『ナニカ』に問うよりも、この少年のほうが分かりやすい。だから彼に質問しただけのことだ。『交渉』を始める前に知っておく必要があった。
そうフィリップはこれから『交渉』を始める気だった。
舞台が変わったとはそういうことだ。
まずは公爵令嬢と、弟と、トラモント家の姫をラウールに任せてこの家から追い出し、『話』をつけておく必要があった。
「で、公爵令嬢の容体は?」
「すぐにどうということはないでしょう。じきに目を覚まします」
「『すぐに』か、なるほどそれはその通りなんだろうね」
スレイマンがなんとなくという風に空いている席に座った。
灰魔術師は黒魔術師を睨みつけた。やはり先程までの慇懃卑屈な態度は消えている。
「こうなることが分かっててやらせた本人が何言ってるんです?」
「ホントごめんよ」
スレイマンはいつもどおり微笑んだ。
「でも元々こんな封印術をかけられたんじゃ予測しかできないんだよ」
「なんです? 遠回しの嫌味ですか?」
「嫌味じゃないよ。僕がそう言うしかないってのは自慢じゃないけれど賛辞だよ。怒ってる?」
「怒ってますよ」
「ほんとゴメンね」
クックック。
フィリップは忍び笑いを漏らした。二人の視線が集まったのを見て、それから目の前に頭を向けている公爵令嬢の美しい金の髪を一房手のひらに載せ、その手を返し、その手からこぼれていくのを見る。
「いま、この状態が、そのまま私達の関係を表していると思わないか?」
「?」
「?」
意識を失ったままのクレオリアを中心点にして、フィリップを上座にして、三角形を描いている。
この国の最大権力者の一人であるフィリップ。
この国最高の魔術師であるスレイマン。
彼らを持ってしても謎と秘密を明かせない、ただの平凡な名も無き少年。
この国を未曾有の災禍に誘うかもしれない公爵令嬢。
彼女について話すのだが、彼女などそっちのけで男たちは『交渉』を始めることになる。
六歳と十六歳と二十六歳。
宰相と平民と宮廷魔術師。
何処から来た『ナニカ』と、最たる高貴なる血脈と、名も無き者。
この三人だからいい。この三人だから形になる。
スレイマンが何を得ようとしているか関係ない。手札はバレているのだから。
少年であることなど関係ない。手札が知れないのも関係ない。その欲望は明らかだから。
そしてこの『交渉』で最も利益を得るのは紛れも無いフィリップだ。
そうでなければそうなるようにする。
だからすぐにこの場で始める必要があった。いまのうちに。
さっそく『交渉』を始めよう。
……いや、違うな。
フィリップはどうでもよいことを訂正する。
こういうことは『交渉』とは呼ばない。話し合い? 騙し合い? 密議? 密談? 脅迫? 強要?
ああ、とフィリップは良い言葉が浮かんだと、どうでもよい事に喜ぶ。
こういうことは、あれだ。
『わるだくみ』と言うのだ、と。




