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行間 MOB男な灰魔術師と極彩色の花束 その2






Vヴィそっち持って」

 僕は同い年の兄に声をかけて、お嬢様たちのテントを張っていた。


 屋根はあるが、ドアはないし、身分や性別を考えて快適に過ごせるように簡易式のテントを用意する。僕達が設営しているが僕達が使うわけでないのは当然の話。受験生のお二人にはこれだけでも大分疲れの取れる度合いは違うだろう。


 彼女らは何をするでもなく、楽しそうにおしゃべりしながら待っていた。


 お嬢様はちょこんと、姫様は悠々と、働いている皆の中で、罪悪感を感じることなく手伝いもせずに待っている。

 なにもコレは嫌味で言っているわけでなく、これが正しい待ち方なのだ。


 人にはそれぞれ身分にあった態度が求められる。責任もそうだ。だから彼女らが今は他人任せに先に休憩にはいっているのは全く正しい。彼女たちの責任は帝都につくまで出来る限り最高の状態でいることなのだから。この辺りの感覚にも『ようやく』慣れてきたが、こんなことが思い浮かぶ程度にはまだ慣れてないんだろうか。


「ねぇ」


 と、忙しく働く僕に声をかけてきたのは姫様の方だった。


「今日、晩ごはんはどうするの?」

「? どういうこと?」


 僕は聞き返した。今そんなことを聞いても、もうちょっと待っていれば献立は分かる。彼女の性格ならそういう判断になりそうだけど。


 今までは村や街の宿で泊まるだけだったので、食事の用意はいらなかった。

 だから自炊するのは今日が初めてなのだが、たしかにそうなのだが、そんな質問は『姫様らしくない』食いしん坊な質問だったから尋ね返した。


「もうすぐ日が暮れそうだけど、食料の調達はどうするの?」

「いや、それぐらいの保存食はさすがに用意してるよ」

「保存食なんて碌な物じゃないでしょう」

「はん?」


 僕は友人の、精神的主人の、オヤビンの、言葉の意図がわからず口元と目元を歪めて彼女を見やる。

 ちなみに公爵令嬢である姫様に、平民の小倅でしかない僕がタメ口を聞いているのはまだ子供同士だからではない。性格でもない。単なる僕と彼女の『間柄』の話だ。


 さて、確かに彼女は、クレオリア・オヴリガンは、金髪碧眼の公爵令嬢は、外見的には『上質なもの』を求めてわがままを言うのが似合っているが、内面的にそれが似つかわしくない性質であることを僕は知っていた。


「野草でも野獣でも探しにいきましょうよ」

 という言葉で僕はようやく彼女の意図がわかった。

 つまりこの姫様は、『ちょっとそこいらを冒険しに』行きたいわけだ。


 貴族子女には似つかわしくないが、クレオリア・オヴリガンには『らしい』言動だったわけだ。


 だが、彼女らが手伝わなくていいのと同様の理由で、

「そりゃ駄目だよ」

 と言うしかなかった。『おとなしくしている』のが彼女らの役割だ。


「二時間あるんでしょ」

「雨降ってるよ、受験生」

「もう上がってきてるじゃない。道がぬかるんでいるだけでしょ?」

「いくら帝都の近くでも、完全に安全というわけじゃないからね」

 理由をつけて、

「駄目」

 と短く言葉を付け加える。


 姫様はぷうと頬を膨らました。

 うーん、可愛らしいんだけどね。彼女のわがままに付き合っていたら確実に碌な事にならないので曲げるわけにはいかないな。そもそもそんな裁量権自体ないわけですが。


 こんな帝都の近くでも野盗や魔物の類はゼロではない。

 アーガンソン商会の警備部が警護している商隊の中ならなんの問題も起こりようがないが、群れからはぐれたらどういう目に合うかわからない。姫様が、じゃなくて、たぶん僕が。


 何よりも職業倫理の話だ。社会倫理でもいいが。

 とにかく、公爵令嬢たる彼女のやることはここにいること、だ。


「そんなに退屈なら、この中で素振りの練習でもしていたら?」


 屋根、が付いている部分はかなり広い。十数人の人間が入ってもまだ十分に空きがある。

 この中なら剣の素振りをしていても、人に当たることはないだろう。彼女がわざとしなければ。


 納得したのか、姫様がいそいそと自分の荷物から長剣を取り出している。

 確かあれは『お祝い』に貰った長剣だ。僕も貰ったので覚えている。


 長剣といっても刃はついていない。それ以外は大人が使うのと同じサイズ、同じ重さだ。

 なんでもこの剣は作成者曰く、『全ての剣の基本』となる造りになっているらしい。匠の考えることはよくわからんな、と灰魔術師(卵)でもある僕はおもったりなんかして。


 長さは80センチほど、幅は4センチ、若干厚みは薄いが普通6歳児が取り扱えるのもではない。

 姫様の場合『普通』とは無縁だけどな。


 それを証明するように、姫様は軽々と手首の返しだけで剣を振ってみせる。

 ピュンと音がした。軽く準備運動のつもりなのだろうが、それだけで姫様がゴリ……ゴホン! 力持ちなのが分かるだろう。もちろん剣は力だけじゃ扱えないが、力がないと扱えない。


 僕なんてあの長剣を持っただけでふらつく。少しかっこ悪いが、僕は双刀のナイフにしてもらった。それでも『普通』の6歳児である僕が振るうには重すぎて刃物本来の目的には使用できない。そもそも刃物本来の目的に使うものでもない魔術媒体としての価値のほうが高いので、別にかまやしないけどね。


 ……ああ、『してもらった』というのは、造ってもらったという意味だ。姫様の『基礎刀セブンアイアン』も、僕の魔術師用のナイフ『円切丸』と『万流呑』も、作ったのは知り合いのドワーフである。『闇王ハイドワーフ』とか呼ばれているドワーフの王様らしいので、かなりの一品なんだろう。自称じゃなければだが。


 しばらく手首の返しだけで、体を全くぶらさずに剣を振っていた姫様は体が温まってきたのか、徐々に動作を大きくして、足さばきをメインに体術を混ぜていく。


「ふぁああ!」


 それを見たナタリーお嬢様が不思議な歓声をあげているが、気持ちはわからんでもない。

 まるで舞踏のようだ。外見と運動神経がいいとなんでも様になって羨ましいな。


 ひらひらと舞いながら、しかしその剣には鋭さと重さが乗っているのが分かる踊りをしばらく続けてから、大鷲を模したような体勢で、止まり、視線だけをこちらに向けてきた。


「撃ちこんでいい?」

「いいわけあるかい」


 その言葉を合図に、僕はその場を離れた。

 僕は料理の準備にとりかかる。


 メインの料理は大人が用意してくれるが、お嬢様や姫様、特に姫様の満足を得るためにはサイドメニューを出して品数を稼ぐ必要がある。量ではなく種類の話だ。

 イレギュラーなキャンプなので食事もありあわせの保存食を食べるだけ。精々が干し肉を炎で炙って温めるか、塩スープの類だろう。栄養バランスも考えて体も温まるような、なんかもう一品欲しいところだ。


 手先や味覚が特別いいわけではないが、数ヶ月と言えど厨房で奉公したこともあるし、灰魔術師として薬膳の知識もあるので、金は取れないが食うだけの料理程度は作れる。特に姫様には鎮静効果のある料理を用意しないとな。


 そこまでする必要はないけど、何となく侘びしい食事をお二人に食べさせるのは忍びない。そういう『お節介な一品』を添えたくなるのは『以前から』の性格なのでしょうがない。誰にも言われたわけでなくとも、そういう性分なので致し方ない。


 こういう『駅』には火を起こせる竈も付いている。もともと『駅』の役割が街と街との中間地点で休憩や夜を明かすための施設だからだ。整備されていない街道や長い行路の道では野盗の狩場や魔物の巣になってしまうので設置されているのは大都市間くらいらしいけどね。


「すみません火借りていいですか?」

 食事の準備をしている商隊の人に尋ねる。


「うーん、もうちょっとしたら空くから待ってくれ」

 と返されたので竈の様子を見るともうしばらくかかるようだ。ぼーとなにもしないで待っているのも居心地が悪い。


 僕は姫様たちの方を見た。姫様がこちらに背中を向けていたので、そのまま『駅』の外に出た。自分だけ外に出たと知ったら嫌味くらいは言われそうだからね。まぁ、平民の僕は『待っている』のが仕事じゃないし、塵芥の存在MOB男なので、問題はない。あるとすれば、一人で外に出たのがバレたら小言じゃ済まない物理的影響の可能性がある(姫様から)。なので、


 そっと『駅』から抜け出した。






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