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別物語 神人類(ハイヒューマン)






 フィリップはその単語を聞いてもピンとこなかった。それでも説明を求めることを後回しにする。

 まだなにか言おうとしていると分かったからだ。


「そして太陽神の『恩恵』持ちです」


 フィリップの目が大きく見開かれる。

 魔導に疎いと自覚はしているが、その言葉は知っていた。

 政治に、歴史に大きく係る単語キーワードであったからだ。


 『恩恵』。


 それが何なのかは、根本的なところではまだ解明されてはいない。

 簡単に、認識として言うならば、それは神に愛された印だ。神の御使としての徴。


 この証を持つ者は、その愛された神々の力の一部を引き継いでいると言われる。


 その中でも、この現代帝国社会では、小さな宗教組織でしかない太陽神教団。

 それが崇める神、太陽神ソー


 その加護を受けている証。それが『太陽神の恩恵』。


 それは単なる小さな宗教組織の象徴が誕生したという意味以上の、大きな政治的意味をたしかに持っている。


「流刑皇子……」


 三百年前に、帝位継承を争い、破れ、そして辺境の地ギルベナに封じられた英雄、初代オヴリガン公爵。

 その英雄皇子もこの証の持ち主だったと言われている。


 そして何よりも、オヴリガン公爵家はこの国の建国の王。始皇帝の血を受け継ぐ系譜。


「始皇帝もやはり『太陽神ソーの恩恵』持ちだったといわれていますね」

 

 スレイマンが付け加えたように、始皇帝もその証の持ち主だった。


 三百年前、ある事件が起こるまで、この国の最大の宗教とは大地母神ではなく、太陽神だった。

 『太陽神ソーの恩恵』こそが皇帝のなによりの資質だったのだ。

 そして現在最大の勢力を誇る宗教である大地母神教団にとって、絶対に認めることのできない存在でもある。


「始皇帝と同じ、『太陽神ソーの恩恵』を持つ公爵令嬢か……」

「それだけではありません。私は彼女が神人類ハイヒューマンだと言いました」


「人間の上位種だと、ね」

「そう、神人類ハイヒューマンは人間が到達する最高の存在です。ただしそれは霊的な意味であって、生物としては普通の人間と変わりません。もちろん上位種としての性質、位怖クリフシャドウ、言ってみれば私達普通の人間に対する威圧効果なんかもありますけれど……」


「『威圧効果』、ねぇ。それでも生物的にはただの人だと」

 為政者として、公爵家の姫として、政治的にはそれは悪いことではない。

 駒の一つとしては有益だ。要は使い方だ。


 フィリップとしてはやはりそれよりも、『太陽神ソーの恩恵』を持っていることのほうが重要だった。

 それをこの宮廷魔術師。つまりリシュリューによって見出されながら、カスパールの組織に属する人間に知られたこと、も。


「なら、それは政治的な火種とは関係ないだろう。それこそ君の興味であって、私の興味の外にありそうだが?」


「ええ。興味がありますね。確かに、神人類ハイヒューマンは歴史上でも殆ど存在しない。神話の登場人物ですからね。魔導師としては興味が惹かれます。ただし、人の延長上にあるものでもあるのです。言ってみれば巨人族とかわりはない。あまり研究対象としての魅力は……ありますが、先ほど言ったとおり、魔導師としてどちらか一つだけを選べるとしたら、私はあの少年の方を選びます」


 稀代の天才黒魔導士に研究対象としてそれほどの興味を抱かせる少年のことについても詳しく知りたかったが、まずは懸案を確かめることのほうが先だ。


「君は彼女が神人類ハイヒューマンであるということも、政治的な火種になるというのだね?」

「でしょうね」

 とあっさりと黒魔導士は頷く。


「なぜなら神人類ハイヒューマンはさっきも言ったとおり歴史上殆ど存在しません。そして、最も有名な人物とは……やはり始皇帝なのです」


 クレオリア・オヴリガンは殆ど全てが、この大陸最大の国家を創造した英雄と同じだということだ。

 始皇帝と同じ、性別こそ違え、生まれ変わりと言っていい存在だということだ。


 いや、性別が違うことが、その才覚も含め彼女の、姫君の価値を恐ろしいほどに引き上げている。


 私は彼女には興味がありません。

 そう何度も繰り返した黒魔導士の意図を、ここにきてフィリップはようやく理解できた。


 少女は、公爵令嬢は、始皇帝の血を引き、同じ証、同じ階層、見合う才能を持って生まれた姫君はあまりにも、この黒魔導士は『火種』などと言ったが、それはあまりにも大きすぎる。

 それに巻き込まれたくはないと思うのは当然だ。ただし、それでもフィリップはこの黒魔導士の言った言葉を丸呑みなどしなかったが。


「……だが、そうなると問題は彼女に封印を施したという存在だ」


 それはつまり、彼女が『そういう』存在だということを知っていたことになる。フィリップよりも先に。


「私は全て自分の知っていることは申し上げましたよ」


 つまり、その封印を施した者まではわからないということか?

 違う。と直感的に思った。


「いや……だが、そんなことがありえるのか?」

 フィリップは一つの可能性に至った。だがそれはあまりにも馬鹿馬鹿しい可能性だった。


 その様子に、稀代の、黒魔術の始祖オズ・ウィザードの再来と呼ばれる十六歳は嗤った。


「言うなれば『絶対矛盾クリティカルチート』、『闇星コラプサー』とでも名付けましょうか」


 いつものような、貼り付けたようなほほ笑みではなく、声を上げて嗤った。






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