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35 キゲキ





 裸眼の状態で魔力そのものが見えるのは、灰魔術師カオスマスターの『目』のような『特別製』の持ち主だけである。   


 灰魔術師カオスマスターの『目』は魔力の残滓である魔素マナの忌みさえ読み取る高性能の魔力感知能力だ。そしてその目は魔術師と呼ばれる者の中でも才能を保有している人間は更に少ない。その目は魔眼と呼ばれるような特質的な才能というよりも、突き詰めれば程度問題でしか無いのも確かだけれど。しかし魔導師とどちらが希少までかは知らないが、少なくとも魔術師の資質がある私にもその『目』はないくらいには珍しい。


 魔術師の使う魔術の効果、魔力、を一般人でも見えているように思えるのはそれが具現化した『結果』にすぎない。

 理を歪めて発生させた炎や水を見ているに過ぎず、そして具現化した事象を操るのもまた魔力が必要になる。これも魔術の原則の一つだ。

 その操作に使っている魔力は裸眼で見えることは普通の人間には不可能だ。


「あ、そうか」

 私はパチンと指を鳴らした。


 おかげさまでというか、姿形と相反するように私の神経は太く強くできているらしい。

 いち早く、この場を支配する空気から立ち直れていた。


 現状を認識できてきたこともそれに一助しているだろう。


 スレイマン師が使った魔術の正体。見えない魔術はある。

 いや、私が視認できない。つまり今まで言ってきたことと同じだ。それが答え。


 それは無属性魔法。言ってみれば魔力を魔力のまま使役する魔術だ。

 魔術と言うには少々単純すぎる、灰魔術カオスマジックで言う内気法や外気法などと同様の魔力コントロールの一つとも言える。


気撃フォースの魔術ね?」

「正解」

 私の答えにスレイマン師は頷いた。


「白魔術師達はそういうね。私のこれは指弾グラボールと言われる黒魔術だが、打ち出した魔力球の大きさが違うだけで、原理は同じだけどね」


 気撃フォースというのは一般的に(魔術のことなのでどこまで一般的かはさておき)そう呼ぶのは白魔術師たち、つまり神聖魔術の使い手たちであり、この魔術を使うのもほとんどが彼らだ。


 気撃フォースとは、無属性の魔力球を飛ばして相手にぶつける、それだけの魔術だ。


 別に難しいわけじゃない。

 事実私にも使える。しかも教わったのは数週間前に友人Eから旅すがら教わった程度である。

 それでも使える程度には簡単な魔術だ。


 もちろん簡単と言っても、魔力の体内コントロール、体外への放出感覚などの技術は必要なのでそういった基礎的能力を除外して、いや、そういうベーシックな技術だけで使える魔術というわけだ。


 だが、それでも使い手の大半は白魔術師たちだ。

 理由は簡単。一つだけ。


 魔力を魔力のまま放出して攻撃。この気撃フォースの場合はスレイマン師の言うとおり魔力球を相手にぶつけるという恐ろしく単純な術だ。詠唱もいらないほどだ。


 だが、恐ろしく単純なせいか、恐ろしく非効率なのだ。


 魔力を魔力のまま、現実世界? に影響を及ぼすのは並大抵のことではない。

 魔力の根本は理を歪めることだ。具現化されて初めて魔力は特徴を持つ。

 まったくの無属性(無色)では現実世界に影響をあたえることなどできないから気撃フォースにも何かしらの『具現化』はあるようだが、人に感知できるレベルにない。


 その辺りのことも一緒に、友人Eは説明してくれたが、ニュートリノの質量くらい微妙な程度で、説明自体がやっぱり微妙な感じだったので、はいはいと適当に流しておいた。


 そんな小難しいことを考えなくても、魔術の素養があれば使えるしね。


 気撃フォースを白魔術師達が使うのは、この魔術が無属性、つまり『理を歪めない』からだ(正確には歪めているのだろうが)。神の法に従う彼らにとっては教義的禁忌に触れることのない方法なんだろう。そしてそれ以外にこの魔術を使う理由はない。打撃系なのでこの魔術で人を殺すのはかなり大変というのも逆に聖職者には使い勝手がいいのかも。


 どれくらい非効率かというと、こんな魔術で打撃を加えるなら、普通に殴ったほうが威力があるくらいである。

 もちろん使い手によって大きく威力は違ってくるから一概にいえないんだろうけど、それでもやっぱり他の術を使ったほうがコスパが議論の余地がないほど違ってくる。

 昨今では強化魔術の存在が認知され始めており、その無用具合に拍車がかかっているそうで。


 魔力量の少ない友人Eの気撃フォースなんて肩たたきしてもらうと気持ちよさそうなくらいにショボかったのを覚えている。


指弾グラボールというからには打ち出した魔力球の大きさはかなり小さい?」

 私がそう尋ねると、答える代わりに灰魔術師カオスマスターEの方を見た。代わりに答えろということらしい。


「……撃ちだされたのは多分あめ玉くらいの大きさだよ。速すぎてよくわからなかったけど」

 彼はまだ警戒心のある目でスレイマン師を見つめていた。


「あめ玉?」

 私は予想以上に撃ちだされた魔力球が小さかったことに驚いた。

「正解。クレオリア、板を見てごらん」


 スレイマン師に促されて、私は万力にセットされたブレイム金属の板の傍に行って見た。

 直径3センチほどの窪みがハッキリと出来ている。

 そこに魔力が使われたという特徴があるわけではなく、結果だけが残っている。


 だが果たして魔力をそのまま撃ちだす気撃フォースにこれほどの塑性変形能力があるだろうか? 数枚重ねた金属板をくっきりと凹ませるほどの威力なら、先ほどの説明と矛盾するが殺傷能力は十分だ。


「例えばさ……」

 近くに来ていた友人Eが絞りだすように、独り言のように理由を説明してくれた。

「僕が壁に水の入った革袋をぶつけるのと、巨人が鉄球を壁にぶつけるのじゃ同じ大きさでも全く威力は違うだろ? 単純な話さ。だから絶対評価じゃこれはたしかに気撃フォースだけど、相対評価じゃそう言っていいのかって疑問はあるね」


「よくわからないが」

 私達の話に割って入ったのは、魔術師でも何でもないフィリップ様である。

「これだと、単純な魔力の……放出量、を測定する方法としては不適格じゃないか? 彼の話ではこめられた魔力の硬さ? 熟練具合みたいなもので威力が変わってしまうのだろう?」


「『圧縮』具合といったほうが正解ですけど」

 友人Eが補足する。


「まぁ、そうなんですが。見た目にわかりやすくとおっしゃったので」

 問われたスレイマン師は居心地悪そうに言いよどんでいた。


「それで空気を凍りつかせてどぉするんですか」

 私の追求に、

「ネメネの獅子と言っても確かに専門の測定器を使えば魔力の放出量だけを測れるけど、楽しくないじゃないか。この方法だと見た目も派手だしね」

 スレイマン師はそれに、と付け加える。


「僕の実力を知ってもらうには、気撃フォースはいい選択でしょう? 内壁街で大規模魔術を使うわけにいかないんだからね。気撃フォースの威力では単純な放出能力を図ることは難しいですが総合的に魔術の能力を魅せるというにはやはり適した方法だと思います。危なくないですしね」


 はぁ?


 危なくないって言う威力じゃないし、そもそもなんでスレイマン師があそこまでやる必要がある?


「これってあなたの弟子を選ぶための試験テストじゃなかったでしたっけ?」

試験テスト?」

 と逆にキョトンとされてしまった。


 天然か?






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