30 師匠候補
現代帝国でメジャーな魔法系統は三種類。
俗な呼び名は色で、白、黒、灰の名前が付いている。
精霊魔法なんてものもあるが、普通の人には使えない。エルフとかそういう存在だけが使える。
白魔術は神聖魔術であって各教団に入信しないことには始まらない。つまりオヴリガン公爵家では現在の帝国では現実的に無理。(理由については今は省く)。
灰魔術は特殊な才能が必要なので流石に私でも使役はできないと思う。オヴリガン家は灰魔術師に縁が深いし、周りにはEやその師という存在がいるのだから馴染みはあるんだけど。逆に考えればEがいるんだから私もそれを学ぶ必要はない。
黒魔術は魔力を具現化して術者の望みを叶えようと言う、ざっくりと言えばそういう魔術だ。
特徴は高火力高燃費という他の系統の魔術に比べるとまだとっつきやすい。とっつきやすいと言ってもゼロから外国語を学ぶよりは難しいよ?
で、その16歳の魔術師。なんかこう言うと意味ありげだな。普通男の人は30歳で魔法使いになるらしいけど。なんのことだろうね。ウフ。
彼は宮廷魔術師らしいが、そもそも宮廷魔術師がどの程度ならなれるのかもわからない。
そのことについて訊いてみると、
「学院卒業即宮廷魔術師っていうのも、帝国の長い歴史を見ればいなかったわけじゃないね。私は知らないが、学院どころか学園在学中に宮廷魔術師になった子供だっていたらしい」
とのことだった。数十年に一人くらいはいるんだという。
宮廷魔術師は純粋な魔術の能力の高さだけで選ばれるものでもない。宮廷魔術師は魔導関連の助言者としての役割が主である。技術的な知識が必要といっても、千年国家ともなると政治的な理由から選ばれることはあったらしい。
「彼の場合はあんまりやる気がなかったんだが、実力が飛び抜けていたからうちの家としても宮廷に入れるしかなくてね」
うちの家?
「ああ、彼は君と同じでリシュリュー公爵家が学園の特待生受験推薦人として見出した魔導師なんだよ。ウチの秘蔵っ子として飼っておくつもりだったんだが、如何せん優秀過ぎてね。宰相って立場もあったから、表舞台に引っぱり出さざるをえなかったんだ。君たちには関係ないけど、政治的には勿体無いカードだったな」
確かに関係ないわね。
「で、ちゃんと人に教えられる人なんですか?」
紹介してもらっておいてなんだけど、こういうことはお互いのためにもちゃんと訊いておかないとね。そもそも私自体が誰でも合わせることができるようなそんな無駄な人間でもない。
「実績はあるから、大丈夫だよ」
「実績?」
「数人の大貴族の師弟に魔法を教えているんだ。私の弟もそのうちの一人だから心配ないよ」
「へぇ。弟君ですか?」
やっぱりフィリップ様の弟となると、おんなじようにひねくれ者なのかしら。
「なにか失礼なこと考えていないかな?」
「マサカ」
しかし、子供に教えたことのある人なら問題ないかな。別に基本的なことだけ教えてくれればいいんだから、それで十分な気もする。よしんば合わなかったとしても独学できる程度に基礎技術を習得すればいいと思っているので、その魔導師に教わることに固執してるわけでもないしね。
「まあ、魔法使いと聞くとなんだか偏屈な人間を思い浮かべるが、心配ない。私なんかよりはよっぽど一般常識があるよ。最近は天才や芸術家も『そういうタイプ』が主流なんだな」
「そういうタイプ?」
「昔は芸術家って言うと世間ずれしたっていうイメージだし、それが許されていたんだけどね」
「確かにそういうイメージありますね。常識はずれだからこそ一般人には思いつかないことを思いつくみたいな」
「そうそう。でも帝国も千年の歴史があるような成熟した国家になったからね、社会常識のない異端児は必要なくなってきているんだな」
「ああ、じゃあヴェルンドのことを『旧来型』って言ったのはそれが理由?」
「そういう事だ。ま、彼の場合はアーガンソン商会っていう後盾が生まれながらにあるし、商人で魔術師っていう身内もいるから心配はいらないんだろう。けれどそんな幸運は普通ないからね」
Vの場合はそれが本人にもわかっているから、余計に浮世離れしてくるっていう面もあるんだろうけど。
しかし、自己プロデュース力が本来の才能よりも必要になってきているという話はそういうものかもしれないな。
よくよく考えれば、私が受験する特待生制度だってそういうものだ。
後盾になる貴族に自分を売り込んで、才能を使って成り上がろうっていうんだもん。
後盾の大貴族達だって、それはあくまで政治的なメリット、つまり社会性そのものの価値を見出したからそうするんであって、いくら剣や魔術の天才でも反社会的な人間なんて不要どころか毒にしかならないものね。
これが絵とか細工師なんかの最終製品を買うだけの存在ならちょっと話は変わるんだろうけど。
剣や魔術はこの国じゃ純然たる社会的基礎要素なんだから、やっぱり社会性は重要だ。
「君たち若い人にこんなこと言うのは夢がないが」
「フィリップ様だって十分お若いですよ」
「ありがとう。君は社会性が必要なのは自分の才能を売り込む時や生かす時にだけ必要だとおもうかもしれないが、しかし実際のところそもそも自分の才能を伸ばすための教育を受けるのも金や家柄が必要だ。社会が時間によって固定化してくるのは避けられないことだが、為政者としてそれじゃあ国家にとって有用な人物を集めることはできないから始まったのが……」
「特待生試験ってことですね」
「そういうこと。学園や学院の特待生制度は『生まれ持った社会性』という物差しでは拾いあげることができない人材を見つけるための試験だ。だから必要になるには才能プラス『後天的な社会性』というやつで、実は才能だけを見ているわけじゃない。特待生試験受験推薦状なんてコネそのものだろう? あれを手にするにはそれなりに社会的なお付き合いの能力は必要だよ。勿論飛び抜けた才能を持つ者は周りが放っておかないが、しかしそれは利用されているだけであって、搾取されるだけの者が幸せな結末を迎えることはない」
と宰相様が仰るが、それはわからないだろう。
無知で鈍感で流されるままの人間が不幸になるとは限らない。いや不幸であると感じない。それだってある面では幸せな生き方だ。
だから最後の部分は彼の信条みたいなものだろう。
私だってどっちかというと、とか考えるまでもなく、完全に『そういう』人間だが、他の考え方だってあると思うほどにはまだ脳味噌はソフト・アンド・ウェットである。
思い返してみれば、あの時、つまりジークフリート・イツァーリに水龍門で見せた、特待生試験受験者たちの態度もそういう『社会性』によるものだ。逆にジーク坊っちゃんの態度はそれが欠如していたからだが、欠如していてもとりあえず問題のない立場にいたわけで。
そういう社会性はあったほうがいいのだろうが、所詮は他人事か。
「それにしても……随分と時間がかかってませんか?」
防犯上の問題でこの馬車には窓がないので分からないが、それでも随分長い間乗っている。
いくら巨大な内壁街といっても、そろそろ端に付いてしまうのではないか。
「彼の工房は内壁街の奥にあるからな。施設の性質を考えると致し方ないんだが、確かに足を運ぶには面倒だ」
ふーん、と私は自分から訊いておいて生煮えの反応を返す。
少し話題が尽きたので、今聞く必要はないが、もっと早く訊くべき質問をする。
「ところで、その魔導師ってなんと仰るんです」
「ああ、言っていなかったかな。でももしかしたらその筋では随分と有名だから魔術師を目指すというなら君も知っているかも」
フィリップ様は少し勿体つけてからその魔導師の名前を教えてくれた。
「名はイーサン・スレイマン。かの黒魔術師の始祖オズ・ウィザードの再来と呼ばれる男さ」
……すみません。見たことも聞いたこともありませんでした。




