29 才能
魔術。
それが術理である限り、それは万人に扱える物である筈だ。
魔力が確かに存在する世界で、魔力は万物の根源であり、誰しも、いや、どんなものにでも宿っている。それはこの世界に存在するための力。魂と言っても良い。
魔力は何にでもなることができる。魔力は理さえも変えることができる。全ての存在の素でありながら、総ての存在を歪める力だ。
魔術師はそんなそんな万能の力を操るための術を知っている実践者であり、魔道師は魔力についての研究者であり魔術の開発者だ。
はて?
と思う人もいるのではないだろうか。
魔力が全ての存在に宿るなら、魔術は総ての人間に使えるはずでしょ? と思うはずだ。
しかし、逆に、だ。
ありふれたものであるなら魔術師や魔導師なんて専門家が存在する余地も無いはずだ。
少なくとも私はそう思う。
実際、私は魔術と呼ぶには恥ずかしいくらいだが、自分の魔力を操ることができる。
それも自然にだ。
だが、それができない人間もいる。
例えば、今、馬車に乗っている四人。子供が二人に、大人が二人。
私とEと、それにフィリップ様とラウール。馬車は四人乗るには少し手狭だが、うち二人は小さな子供なのでちょうどいい感じにすっぽり隙間が埋まっている。
そのうち、魔術が使えると言えるのはたった二人。
私と友人Eだけだ。
いや半数もと思えば、それほど低い割合ではないから適当ではないな。
ここに魔導塾は関係者以外立入禁止という理由で別行動することになったナタリーやVを入れても、それどころかこの帝都にいる私の知り合い、それほど多くはないが、そういう人たちを数に入れても、魔術が使える数自体は変わらず、つまり割合は下がる。
ジーク坊っちゃんが使えるかどうかは知らないし、テオさんが使えないのかはわからないけど。
いつだったか、えーと確かあれは私に魔術師の素質があると家族が知った日だったか、後日だったか、オーランドお兄様が教えてくれた知識では黒魔術師になれるのは一万人に一人ほどの確率だそうだ。
算出方法がわからないので信用できるかわからないが、最もポピュラーな黒魔術師でさえなるにはかなりの幸運に恵まれていなければならないのが分かる。
四人の内半数に魔術師としての素質を持つ。私が『サウスギルベナ六歳児軍団』のことを(そんな風に呼ばれている事実はないけど)変わった面々といった理由が分かるだろう。
これが開発者、研究者である魔導師となるとと更に数は少なくなる。
私の身近で魔道師となると、Eだけだ。
新しい魔術を開発できる技術者である魔道師と言っても、もちろん六歳のEはその卵ではあるが、実際に新しい魔術を生み出したりしているから立派な魔導師と言える。才能は年功序列ではないが、時間は誰にでも等しく与えられているので六歳児の魔導師は紛れも無い天才と言えるだろう。
本人見ているとそんな印象は絶対に抱かないが。印象自体も抱かないが。
私と他の三人は魔術師として隔絶たる差があるし、私とEは魔術師と魔道師というこれまた明確な差がある。
魔術師になれるものとそうでない者は健常者と体が不自由な者くらいの差があり、魔道師と魔術師は盲目であるか否かの差がある。
これはこの国の魔道業界ではよく言われる例えなんだそうだ。
つまり、魔力は誰にでもあるものだが、それを利用できるだけの器用さは個人でまったく違い、器用な者の数は圧倒的に少ない。
料理を作るのは誰にでもできるだろうが、お店を開けるほど美味しい料理を作れるのはほんの一握りの人間だ。
もちろん、それはやるかやらないか、そういう機会があるかどうかも大きく関わってくる。
そういったことは別に魔術に限らないから納得できる部分はあった。
でも魔術を使える者とそうでないもの、魔術師と魔道師を障害者や盲目の人に例えるところに魔道師たちの鬱積し屈折したプライドを感じるね。
少なくともEがそんなことをヌかしやがりましたら、即アイアンクローの刑だ。爪立てた状態で。
何か悪い予感がしたのか、Eがブルりと体を震わせるのが見えた。
風邪? 受験生にうつさないでよ。
私たちが向かっているのはある魔道師のところだ。
例の『賭けの景品』その一である魔道塾である。
魔道塾と言っても何か習い物教室のように宣伝していたり、組織的なものがあるわけじゃない。
魔道師ギルドというものは確かにあるが、それはあくまで国家として管理するための組織であって、魔術師、魔道師たちはあくまで個人主義者の傾向がかなり強い。
白魔術師と呼ばれる司祭や神官たちは各教団、灰魔術師は宗家と呼ばれる組織によってかなり縛りがきついので、これは黒魔術師に限って、と言っていいけれど。でも、白だろうが、灰だろうが、縛りがきつい事の原因の根っこ自体は同じである。
魔術の技術というのは器用さえあれば、誰にでも使える技術であることも確かだからだ。
そして同業他者は確実にそれの持ち主である。
秘伝のレシピさえあれば、同じ料理を作ることが可能なのだ。勿論どんなものであれ真似するのにだって才能は必要なのだろうけど、大抵のものは考えついた時点でその価値は止まる。
だから魔術師たちは系統に関わらず、その技術が秘匿されることが一般的である。
そんなわけで魔術を習おうと思うと、誰かに個人的なツテを使って弟子入りするしかない。
弟子入りしたって、最初は中々魔術を教えてもらえるものではないらしいけどね。
そういう理由があってナタリーやVとは別れて行動する。彼らは工房見学の方に行くらしい。ナタリーには興味が薄いだろうけど、彼女だってアーガンソン商会の人間なんだから、帝都で最新技術に触れるのは悪い経験ではないはずだ。女子が楽しいプランとは思わないけど。
部外者立入禁止なら、先程『代金』代わりにEの随行を認めさせたのは偶然だがいい手だったということになる。魔導師の秘匿性を考えれば『黙って付いて行けばわかんない』ってわけではなさそうだ。
「今から行くのは宮廷魔術師関係か、魔道師ギルドの関連施設かなにかですか?」
私はフィリップ様に尋ねたのはそういう理由があったからだ。
現帝国宰相で、「最高の環境」と言われて自然と思い至った。宮廷魔術師や魔道師ギルドは国家の役職や機関である。個人主義の顕著な、そして技術の秘匿が当たり前の魔術師業界の中で国家として技術の集積を行っている機関はそれらしかない。そして宰相であれば、そこに便宜を利かせるのになんの障害もないだろう。
「そう、宮廷魔術師の一人だよ」
とフィリップ様が頷く。
「宮廷魔術師と言ってもまだ若い男の子なんだがね」
「去年成人したばかりですね」
とラウールが補足する。
となると、16歳か。
そのことを聞いて私は魔術の師匠としてはどう判断すればいいのか微妙なところだと思った。
16歳で宮廷魔術師になるのなら、魔術の技術自体は天才なんだろう。
ただ、それと『人の師匠』になれるかどうかは別の話だ。
別に私は真理の探究者でもない。単純に技術として自分の魔力を利用する術を知りたいだけである。だから、別に黒魔術に拘っているわけではないが、魔術となると黒魔術が一番とっつきやすいのだ。




