28 ウォルコット2
まさかと私は苦笑した。
VとEは確かにサウスギルベナでは有名な『生産職馬鹿』と『気狂童子』だが、それはあくまで帝国最南端という僻地の地元での話だ。
この兄弟の生家であるウォルコット家は貴族でもなければ、ナタリーのお父上のような有力者でもない。父親はアーガンソン商会の専属鍛冶だし、母親はアーガンソン邸の女中長だったはずだ。ついでにお姉さんはナタリー付きのメイドという一家全員でアーガンソン家に仕えている、名もない平民である。
そんな家のことを帝国の宰相様が知っているはずもないし、上がってくる書類が膨大であろうがそこに含まれているはずもない。聞き覚えがあるなんて絶対にないはずだ。
……と、思っていたのだけれど。
意外や意外、ラウールは是と頷いた。
ウッソ! と聞き耳を立てていたら、
「サウスギルベナの治副司クレア・ホーキンスが短期助手にした少年の名前です」
と、話しているのを聞いて私は声にこそ出さなかったが「あー」と頷いた。
治副司というのは中央から地方に出向してくる補佐官である。
実務面では地方領主の補佐官で間違いないのだが、実態は中央から地方の監視役だ。
帝国は歴史的に地方と中央の対立が恒常的にあるのでいたしかたない。隣国の王国建国もそれが原因だしね。
うちの場合はお父様が野心家どころか『ギルベナの引篭』などと揶揄される人なので単に膨大な書類仕事を押し付けられるだけの存在だったが。
ちなみに2つ前の治副司だったのはラウールである。クレアというのは現在その位置についている女性のことだ。
私が「ああそうか」と納得したのは、サウスギルベナを出発するまでの一月ほどの間、友人EとVは私の実家、オヴリガン公爵家が紹介したところで短期の住込み修行をしていた。
Vに紹介したのはオヴリガン公爵家とは代々付き合いのある鍛冶師の家。そしてEに紹介したのが治副司の助手、つまりお父様の補佐官の事務補助員という仕事であり、住込み場所はウチの家。
六歳児が働くのかと思うかもしれないが、サウスギルベナの一般市民は五歳になると見習いとして働き始めるのが普通だ。友人Eもそれまでは娼館での雑用の仕事をしていた。
とは言え、さすがに助手とはいえ地方行政官の仕事をする六歳児なんて聞いたこともないし、多分いないだろうから珍しい存在だったに違いない。だったらそれが上司であり、地方領主の監視役でもある書令府のトップの目に止まったのもありえるかもしれない。
「そうか、君がか。治副司も褒めていたよ。正式に助手にしたいと言ってきていたからね」
お役人の最高位に褒められて、少し頬を染めながら照れている友人とそれまでと打って変わってブチ切れしているその兄。それからキョトンとしてことの成り行きについていけていない可愛い親友を順番に見ながら、私はやっぱり黙っていた。
なんというか、我ながら中々面白い面々だ。
ギルベナの神童に、天才発明家に、魔導師の卵に、そして『あの』ソルヴ・アーガンソンの一人娘。
この中で唯一の常識人、本人は『普通』にしか見えないナタリーだが、この子だってある意味の希少な存在なのだ。私と親友なのは可愛らしさだけが理由じゃない。もちろん優秀だからでもない。『普通』であるのは普通の事じゃないのだ。
「で? その天才兄弟はご褒美になにをオネダリするつもりかな?」
フィリップ様が挑戦的な物言いで尋ねる。
「ヴェルンドに、この兄に帝都の工房を見学させてやって欲しいんですが」
恐縮しきりという体で小さな男の子は応える。それに対してフィリップ様は少し肩透かしを食らったような顔になった。
「なんだい、そんなことでいいのかい?」
「そんなの自分で見に行けばいいんじゃないの?」
と私も尋ねる。
「まさか。南方の田舎者が行っても門前払いを食らうだけだよ。職人って工房毎の派閥みたいなのもあるしね。色んな理由で内壁街の工房は部外者立入禁止だよ。だから宰相様の紹介があればなぁって」
「ふーん、そうなのね」
私は別段それに異論は感じないので、フィリップ様の方を見て返答を促すと、宰相様も特に大したことでもないといった風で頷いた。
「じゃあ、あとで案内役を遣わせるよ。お兄ちゃんのほうはそれでいいとして、弟くんの方はご褒美はいらないのかい?」
「はい? いえ、ぼ、僕はなんにもしてませんので」
「なんだ子供のくせに無欲だな。ウチの治副司を手伝ってくれたんだし、どこか行きたい場所はないのかい?」
その言葉は友人Eにとっては予想していなかったようだ。「なんで?」という表情でフィリップ様を見てから、私の方を困った顔で見てきた。そんな顔でこっちを見られてもねぇ。
多分フィリップ様としては、先行投資的な意味合いもあるのかもね。宰相であるフィリップ様にはいくら天才でも職人としての才能より、行政実務経験のある六歳児の方が得難い人材だろうしね。
うーん。
私は少し考えた後、パチンといいことを思いついて指を鳴らした。
「フィリップ様、確か帝都には灰魔術師の宗家がありましたよね?」
「うん。積道衆の屋敷が郊外にあるよ」
積道衆というのは、灰魔術師の正式名だ。
灰魔術という呼び名が一般的だが、これを命名したのは黒魔術師達で、灰魔術師本人達は自分たちのことを積道師と呼んでいる。というか、積道なんていうのは本人たちだけだが。
「なら、灰魔術師の総本山を見学させてもらったら?」
と、私は軽い気持ちで彼の方を見たが、友人Eは苦いものでも食べたかのように顔を歪めて「いい、いい」と首を懸命に横に振っていた。
「ウチの師匠、宗家を追い出されたらしいから、僕もあんまりおおっぴらに近寄りたくないんだ」
「師匠? どっちの?」
「ナイジェルさん」
「ああ、あの酔っぱらい」
私は少し上を見上げ、痩せ犬みたいな長身痩躯の灰魔術師を想い出した。
あれ? 彼の師匠って……痛い!
頭がズキリと痛んだ。 それは一瞬だったせいか誰も気がつかなかったみたいだ。
「君は魔術師なのか?」
フィリップ様は私の方より、小さな魔導師の卵に目が向かっていた。
私はそっと額に手をやる。痛みは残っていない。
でも、これも『思い出せない記憶』に関係があるっていうの?
「はい、まぁ、なんというか、知り合いに灰魔術師のオジさんがいまして、その人に手ほどきを受けてました」
「驚いたな。一応確認しておくが、見た目通りの年齢でいいのかな?」
「魔術師ですけど、見た目通りの六歳です」
うーん? なんか、網に引っかかる記憶のピースがよくわからない。
「君は『学園』の特待生試験は受けないんだね?」
「はい、僕たちはお嬢様と姫様の試験に立ち会ったあと、自由都市の学校に行きます」
「それは惜しいね。専攻は?」
前に頭痛がしたのは……フィリップ様と出会った時、昨日だ。
あれも何かキーワードが引っかかったから?
「商人見習いをしながら、商法なんかを学ぶそうです。兄の方は工房に勤めながら一般教養を学ぶそうですけど」
「今からでも、『学園』の特待生に切り替えないかな? 推薦状なら私の派閥から見繕ってあげるよ?」
「えへ、いやぁ、僕、本職は商人なんでぇ」
あの時何を話してたっけ? 大した話はしてないはず。
「そうか、まぁ、クレオリア姫の知り合いなら、私の派閥みたいなものだし、いいか」
「え? 僕只の平民なんですけど」
「旦那様みたいな商人になりたいだろう? なら政治的な繋がりはとても大事だよ。それに六歳で行政実務を処理でき、かつ魔導師見習いなんていう只の平民はいないよ」
「や、やだなぁ、人をアレみたいにぃ。僕将来の夢はホドホドにモテたいだけなんですぅ」
んー? んん? わからん!
あんまり色んな事を試して頭痛が酷くなっても怖いしねー。
やっぱり誰かに相談するべきかぁ。でも魔術に詳しい知り合いなんて殆どいないしな―。
と私は、その『殆どいない』の唯一の例外である小さな魔導師を見ながら、悩んでいた。
「え? どったの姫様」
割りと打ち解けた感じで会話していた友人は、私の視線に気がついたのか顔を向けてきた。
「別に」
さすがに、見習い灰魔術師のこの子に相談しても、おんなじかな?
私ははぁ、と溜息を吐いた。
「え? 人の顔見て溜息とか、普通に傷つくんですけど?」
「別に君の顔見たくらいで一喜一憂しないから安心しなさい」
「フォローになってねぇ!」
「じゃあ、ご褒美は何もいらないか?」
「え? あ、はぁ、そうですねぇ。特に何も思い浮かばないので、はぁい」
「じゃあ、この後行く魔導塾に君も立ち会わせてもらったら? 他系統でも得るものあるでしょ?」
私は二人の会話に割り込んで、話に終わりをつけた。
考え事しながらでも、ちゃんと会話は聞いていたが、どうやらひねくれ者同士気が合うみたいだ。
「そうだね、じゃあ時間もいい頃合いだし、今から行ってみようか」
そう言ってフィリップ様は立ち上がった。
止まっていた時間が動き出したように、慌ただしく周りの給仕やお付の人間たちが準備を始めていた。
しかし……しかし、だ。一体本当に、誰が何のために私の記憶をいじったんだろう?




