26 挽き肉機
「そうか、君が……ヴェルンドか」
ティーカップを持ちながら、帝国宰相フィリップ様がお行儀悪く少し斜めに椅子に座って言った。
内壁街のレストランで朝食を頂いた私達の前に、フィリップ様が現れたのは、食後のお茶を楽しんでいた時だ。
ゆったりとした服装に、ゆったりとした姿勢で椅子に座り、まったりと子どもたちに一瞬目を向けたあとは、香りを楽しむように目を伏せてカップを口に運んでいる。
突然現れたこの国の最高権力者の一人に、二人の子供はカッチンコッチンになって身じろぎ一つするのをためらってことの成り行きを凝視している。
残りの二人、つまり私はフィリップ様と同じようにお茶を楽しんでいたし、Vはまだ食事が終わっておらずに、モキュモキュしながら頬袋に麺麭を溜め込んでいる。
宰相様から声をかけられたヴェルンド、つまりVは、それに反応することもなく、ボーとしたまま口の周りをジャムでベトベトにしていた。
それを見かねた彼の隣りに座る弟が、さっとハンカチを兄の前に置いた。目を剥いて兄に口元を拭うようにアイコンタクトを送る。
だが、当のVはそれに気が付かないのか、その気がないのか、差し出されたハンカチを目の前に置いたまま、相変わらずモキュモキュ口を動かしていた。
「彼が……ひき肉機を発明した少年ですか?」
そう言ったのは、席には座らずに、立ってフィリップ様の背後に控えているラウールだ。
宰相の腹心は、主に対する不敬な態度にはしかし、それほど咎める声色はない。フィリップ様も特段気にした様子も見えず、お茶を飲んでいる。
その疑問が、上司ではなく、私に向けられていたので、私はカップを、置いて視線を上げた。
フットがソーサーにあたってカチャリと音を立てたのが響き渡るほど、店内は静まり返っている。
押し黙っているのは子どもたちだけではない。先程まで、プロとして節度は守っていたものの、歓迎の活気を表現していた給仕達も壁際に直立不動で身じろぎ一つしない。
たしかこの店は宰相様の行きつけという話だったが、それが疑わしいほどの緊張感だ。
それとも国家の最高権力者の歓待ともなると、市井ではこうなってしまうのか。
それはともかく、私はラウールの問に、肩をすくめて是と答える。
「旧来型の、典型的な天才児だね。最近は逆に珍しくなってきたが」
とはフィリップ様。
「典型的なら天才児とは言わないんじゃないですか?」
と、返すと、「ここは帝都だからね」とのことだった。大陸最大の都市ともなると天才児ごときは十把一からげになるらしい。旧来型の意味はわからないけど。これだと神童や美姫も大した価値はなさそうだ。
「ところで今日の予定について教えてほしいんですけど」
「今日の予定? そうだなぁ、相変わらず面会面会、判子判子で嫌になるよ」
「後は会議ですかね」
上司と部下で同時にボケるんじゃないわよ。
「私達のって意味ですけど?」
「知ってるよ」
でしょうねっ。
「とりあえず、『約束通り』魔導塾に君を連れて行くよ。まずはそれからだな。後は細々としたことは使いの者をやるから聞いてくれ」
「宰相様も一緒に行くんですか?」
「何だい、除け者にしないでくれよ」
「暇なんですか?」
「そうな……」
「そんなわけないでしょう」
ラウールがピシャリと遮る。フィリップ様は恨めしそうな目で見るが、腹心は全く気にしていない。この国の最高権力者とその部下としてはなんか緩い関係だな。とは言え彼らが特別なのは、このレストランに漂っている雰囲気をみてもわかるけど。
「……君に紹介する魔導師っていうのがウチの家に縁の在る者なのでね。私もそこまではついていくよ。というわけで」
フィリップ様が後ろのラウールに目配せする。
「……」
ラウールがテーブルにデンと白い包みを置く。
高級そうな布の包だが、当然それが見せたいものではなくて、中に入っているモノがそうなんだろうけど。
スルスルと開かれたそこから姿を現したのは、白い繊細な布に包まれていたには似合わない、鉄の塊だった。
機械だ。取っ手がついている。
巷の女子の例に漏れず、私も工業製品に詳しい訳じゃないけど、これが何かわかった。
「『挽き肉機』じゃないですか」
私がそう言ったとおりそこに置かれたのは取っ手の部分を合わせても三十センチ四方の大きさの機械。
これがVが発明したという件の『挽き肉機』だ。
ウチの実家にあるものと比べると白っぽい金属で出来ているが、基本的に形は同じだ。
「これが彼の発明したという『挽き肉機』で、間違いないね?」
「私に聞かれても困るけれど、そうなんじゃないですか?」
私は他の三人に目を向ける。
向けられた内、二人は慌てたように何度も頷いている。当の本人は相も変わらずのほほんとしているが、ようやく興味が出たように、置かれた『挽き肉機』を見て、そして手を伸ばす。
だが、大きなテーブルに置かれたそれを小さな六歳児の手で届くわけもなく、ガシャンと乗り出した胸の下でティーカップが倒れてたっかいテーブルクロスを汚すだけだった。
隣でそれを見た弟君が悲鳴を無音で上げているが、お兄ちゃんの方は目に映る機械に向かってお構いなしに手を伸ばす。
最終的にテーブルの上に登る前に見かねたラウールが『挽き肉機』をVの前まで運んだ。
テーブルクロスに広がるお茶を気にした様子もない宰相フィリップ様は少年に尋ねる。
「それは帝宮で購入したものなんだけどね。どこかに欠陥があるのか、取っ手が回らないんだ。発明者なら直せるんじゃないかと思ってね」
普段人の話に(も)興味を持たないVはジッと青年の顔を眺めた後、今度は挽き肉機をジッと見つめた。
それから徐ろに今まで食事に使っていたナイフを手に取ると、挽き肉機をひっくり返して台座の部分にナイフを当て何かをし始めた。
クルクルとナイフが回る。
私にはナイフをねじ回し代わりにして留め具を外しているのだと分かった。
あっという間に、テーブルの上に分解された『挽き肉機』が並ぶ。
まったく悩む間もないほど手際よくバラバラにして、まったく止める間もなく手際よく綺麗に並べた。
「……」
そして少しの間見つめて考え込んでいたかと思うと、機械に詳しくない私にはなんだか鳥の骨みたいに見えなくもないハンドル部分を手にとって、先程弟から差し出されたハンカチに目も向けずにそれを手に取る。
そしてそれでグリースのベタベタになったハンドル部品をゴシゴシと拭った。
自分のハンカチを工業用油塗れにされた弟はどう思っているのか知らないが、頭を抱えている。どうやらそれはジャム汚れならいいが、油汚れにするとは聞いていなかったという抗議ではなく、空気を読まない行動をする兄にパニックを起こしているように見えた。
そんな弟の思いを余所に、Vの行動は止まらない。
今度はそのハンドルをどう考えても、考えなくても『お値段異常ニッコリ』な大きなテーブルの角に、ガンガンとぶつけ始めた。
テーブルが揺れる揺れる。
私は咄嗟に自分の分のティーカップを持ち上げる。それを見たナタリーも慌てて私の真似をしてティーカップからお茶が溢れるのを防いだ。
対面に座るフィリップ様はしかし気にした様子も見せずに、面白そうにVの奇行を眺めていた。
私は溜息を吐く。
いくらなんでも食事の場で無作法すぎるでしょう。




