02 フック
私、クレオリア・オヴリガンと親友のナタリー・アーガンソン。
ナタリーの従者であるV、それに同じく従者の……友達の……えーっと、従者E。
計四名の六歳児は生まれ故郷の、生まれ故郷? うん、間違いなく生まれ故郷の帝国最南端の都市、サウスギルベナから北方にある帝都まで生まれてはじめての旅をしていた。
もちろん計四名の六歳児といっても、私達だけで旅しているわけではさすがにない。
引率者はいる。
それがナタリーの生家であるアーガンソン家である。私の地元じゃアーガンソン商会と言ったほうが普通だろう。その名の通りナタリーの家は商人をしている。疑うことなく街一番のお金持ちである。その商隊に便乗して帝都に向かっているのだ。
そのナタリーのお父上であるソルヴ・アーガンソン氏の厚意に甘えて、魔導船などという自費だったら絶対に乗ることが出来なかった高速船に載せてもらったのが私だ。
これでもサウスギルベナがある南方ギルベナ地方を治める領主、オブリガン公爵家の長女である。
ギルベナに封じられて三百年、貧乏だが血筋だけはいいのが我が家だ。
なにせその血脈を遡れば興国の帝、始皇帝にたどり着く。初代オヴリガンである『初代様』も英雄であり、帝の座を争っていたほどの人物だ。まぁ、その初代様が政争に負けたおかげで我が家は三百年も貧乏になっているのだが。
そんな私に、ソルヴ氏が、旅費を肩代わりしてくれた理由はよく分かる。よく考えなくても自明だ。
アーガンソン商会とオヴリガン公爵家はサウスギルベナの支配者層にある。
両者の関係は良好であれば、それに越したことはない。そのための投資だ。
それに、
もしかしたらこちらのほうが一番大きな理由かもしれない。
私と、ナタリーは同じ学校に入学する。
そこは帝都にある名門校であり、生徒たちは寄宿舎に住まなくてはならない。
親元を離れて遠くの地で学生生活をしなければならないのである。
そんな一人娘のことを『よろしくね』という意味もこめての厚意なんだろう。
そんなことしなくても親友のナタリーに対して『ヨロシク』するには変わりはないのだけど。
船を下船して、審査を終えた私達は波止場の外に出て、そこでアーガンソン商会の人たちが馬車を用意してくれるまでおとなしく待っていることにした。
私が『おとなしく』とそう言っているのに、さっそくVが物珍しい物を追いかけて行こうとしたので首根っこを捕まえる。四人の中では男の子も含めて私が一番物理的な力があるので逃げることはできないゾ。
素直なナタリーは素直にチョコンと待っている。
それどころか船酔いでヘロヘロになっていた友人Eの背中を擦ろうとする優しさを見せた。
「ナタリー」
なんで『擦ろうと』などという表現なのかというと私が止めたからだ。
「バッチイから近づいちゃダメよ」
ゲ○臭いのがナタリーに移っては一大事だ。
「ひ、ひどすグる」
愕然とした視線を向けてきた友人Eで従者Eの目を見て、やっと彼の名前を想い出す。
「酷いも何も、とにかくすぐその臭いなんとかしなさい。さもないとロープにつないで引きずって行くわよ、友人E」
だが、名前を呼んだりしない。何かわからないけど、酷く随分なことをされたフツフツとした恨みのようなものが……。
「せめてBかCにしてよ! ていうか本当にしそうで怖いよ!」
「え? そりゃ当然するわよ。臭いもの」
抗議していたが、私の本気がわかったのか慌てて水筒を取り出して口をゆすいだり、塗香を振っている。
うん、素直なのは大変よろしい。押せばなんとかなるのが友人Eだ。
そうこうしているうちに馬車が来た。
私とナタリーは長距離用の箱馬車に乗り、男の子たちは幌付きの荷馬車の荷台に乗り込んだ。
荷馬車の方はアーガンソン商会の交易品が積み込まれている。その隙間に男の子達は腰をおろしていた。
観光する間もまったくなく、通り過ぎるだけでバゼルを後にした。
今日中に宿泊する街につかなければならない。
帝都の学園に入学する。といっても私に限ってはまだ確定ではない。
ナタリーは一般入試なので、形式だけの面接と作文を受ければよく、合格はほぼ間違いない。
だが私の方は特待生試験に合格する必要がある。
特待生になると学費と教材費、施設使用料などが全て無料になる。
とてもじゃないが、私の家では一般入試による学費の納付なんてできない。学園に通うためには特待生資格の取得は絶対条件だ。
私には上に兄が二人いるが二人共、特待生試験に合格して、学費が免除された。
ま、とはいえ? 私なら合格間違いないでしょうけど。
試験は三週間ほど先だが、それまでにも特待生試験の受験のための推薦状の交付受け取りや生活環境を整えたりと、試験を万全の状態で迎えるためにも帝都到着はできるだけ早い方がいい。
「帝都まではどれくらいなんでしょうか?」
ナタリーがまた窓の外に目をやりながら訪ねてきた。
私は頭の中に、帝国の大雑把な地図を思い浮かべ、
「そうね。確かバゼルからは七日もかからなかったはずだけど」
と答えたが、ナタリーにとって日数はそれほど大きな問題では無いらしい。
私の親友は人生で初めてする長旅に興奮しているようだ。
私の方はいたって普段と変わらない。
正直言って雄大な景色とやらにはまったく興味がわかない。
私も長旅は初めてだし、それが苦になっている気もしない。
長旅というより、いままでほとんど家から出たこともなかったが、それでもなんでも全く景色には関心がなかった。
だってねぇ、大山脈って言っても、所詮は岩でしょ?
もちろん、楽しみにしているナタリーの前ではそんなことを決して口にはしないけど。
今ではバッチリ気があって、親友同士と認め合ってる私とナタリー、そしてそのナタリーの従者であるVとEだが、出会ったのはほんの二月ほど前だ。
ナタリーとは地元の教会で開かれていたお勉強教室で初めて会った。
それからお互いの家で勉強するうちに仲良くなったのである。
友人VとEはアーガンソン商会の丁稚で、実は似ていないが兄弟である。確か血はつながっていないんだっけ?
この二人の兄弟は、変な子たちだが、アーガンソン商会では優秀らしい。
確かに、この二人は計算問題を解かせてもサウスギルベナ中のすべての年代の子どもたち、恐らくはアーガンソン商会の商人を除いて大人たちを含めても、基礎計算能力は誰よりも、(もちろん私を除いて)優れている。特に友人Eの方はこの歳で、すでに魔術師の卵だしね。
その二人が今回のナタリーお受験に同行しているのは、アーガンソン商会、つまりソルヴ氏の意向で、優秀な自社の子供達に見聞を広めるためのようだ。二人は学園の試験を受けるわけではない。彼らは私達の入試に付き合った後は、また大運河を使って今度は逆方向、南方にある大都市群、自由都市同盟にある学校の入試を受けに行く。丁稚なので帝都より商業都市の学校を選んだのだろう。
というわけで、私が三人に出会ったのはまだほんの二月なのだが、数週間の旅路ですっかり仲が良くなった。この年代には十分な時間だろう。
ナタリーが素直で、いい子で、可愛い子なのはもちろんだが、従者の二人も『生産職馬鹿』と『気狂い童子』と街で評されている面を除けば気のいい子である。
うーん。うん?
やっぱりなんか可怪しいな。
消えない違和感に首を傾げながら、しかし正体に気がつくこともなく、
私は睡魔に襲われて、毛布を被って、可愛いナタリーとともにお昼寝することにした。
ZZz ……。