21 妹姫の秘密 (オーランド・オヴリガン視点)2
手紙を受け取った私は、『神人類』という言葉を調べておくことにした。
とはいえ、取っ掛かりもわからないので、学生時代の知人で今は人類学者を目指して学室勤めをやっている男を飲みに誘い、どこを調べれば良いかの当たりをつけた。
書令府の書庫ならば、古今東西の記録があり、調べ物をするのにはうってつけだが、聞いて回るわけにもいかない。何より、なぜが妹に興味を持っている宰相様の耳に入る危険がある。だから仕事のツテは使えなかった。
知人にしこたま酒を飲ませ、雑多な話題にキーワードを混ぜ込み、跡がつかないようにとりあえずの情報を仕入れた。
意外にも、その言葉は学者や魔導師というよりも、神話の中に出てくるということを聞き出す。
少なくとも現代帝国社会の中で神人類などという人類は確認されていない。
それにしても神話?
訝しげに思ったが、私は聞き出した書物を図書館で読んでみた。
それはこの国の始皇帝について書かれた本だった。
始皇帝がその『神人類』だったというのだ。
真偽の程は分からない。だが、始皇帝についての研究書を読みあさり、そこから神人類についての知識を広げていく。
だが、ほとんど確かなことは分からなかった。
帝国の建国の帝。始皇帝。
それまで歴史上最大の国家である帝国を作り上げた魅力の持ち主。
神がかったその能力から神人類と呼ばれる人の最上級種の一人だった、に違いない。言ってみればこれくらいだ。何もわからないと言ってもいい。
一般に閲覧可能な書籍ではこれが限界のようだ。これ以上となると、調べていることを隠すのが難しくなってくる。
「神人類というのは、人間の最上位種のことらしいです。外見的、生物的な発生条件は普通の人間と変わらないみたいで、何をもってして神人類となるのかはわかりませんけど」
私のそれまで調べた知識と、妹が知っていることは大差がなかった。
私のやったことにあまり意味はなかったが、いちいち気落ちしているほどのこともない。
妹と数年ぶりの再会をし、その歓迎会の後で、二人でソファにもたれながら話をした時に、妹が教えてくれた。
外見的には普通の人と変わらないらしい。能力的なことは分からないが、妹を見ていれば、そして最上位種という限りには、能力的にも非凡なものがあるのだろう。始皇帝がそうではないかと言われているのもそういう理由だ。
ただし、ただしだ。
かなり面倒になりそうな能力を神人類は持っている。
いや、それは性質と言うべきだろう。
「位怖?」
というのがそれだ。
「ええ、上位種が下位種に対して持っている威圧効果です」
妹が私の胸に頭を預けたまま、上を見上げるようにして言った。
その様子を見ても、愛らしい6歳児のもので、威圧効果などまったくない。
神人類は、遺伝ではないらしいので、私がそれであることもないはずだ。
「古代竜の咆哮なんかと同じ効果を常時発動させているんだそうです。同じ効果、と言っても位怖の保持者一人ひとりで効果は微妙に違うらしいんですが……。サウスギルベナにいた頃は、屋敷に結界が張ってあったそうなので、意識しないで済んだそうなんです」
「結界?」
「ええ、初代様の側近だった灰魔術師が施したものだって」
「なるほど」
その灰魔術師ことは、当然オヴリガン家の者として聞いたことがあった。
灰魔術。正式名称は積道と呼ばれる、神聖魔術や黒魔術に続く第三の魔術として開発された新魔術だ。初代様の側近だった魔術師はその灰魔術の開祖だったらしい。新魔術と言っても今から三百年前の話だが。
だが、そんな偉大な魔術師なら、そういう結界を実家の屋敷に施していたとしても納得はするが、しかし、今この帝都にあっても、妹の様子に変わったところはない。自分が慣れているせいだろうか。美しいとは思うが威圧感など全くない。
当然予測された疑問だったのだろう。私が尋ねなくとも、妹はその腕にはめていた何の変哲もない細い銅の三連腕輪を掲げてみせた。
「今、大丈夫なのはこれのお陰です」
「というと?」
「これって実は魔道具なんです。なんで手に入れたかっていうのは端折りますけど、とにかくこれがあるせいでその位怖が抑えられているんです」
「これのお陰で?」
私は妹の細い腕を手にとって、その腕輪を眺めてみたが、ただの銅製の腕輪にしか見えない。
魔導に対しては知識も素養もないので当然かも知れないが。
「話は少し戻るんだけど、そもそもどうしてクレオリアは自分がその神人類だとわかったんだい?」
手紙にはそのことが書かれていなかったのだが、あんまりにも訳の分からない言葉の連続でそれを尋ねるのが大分後回しになってしまった。
「実は……」
クレオリアが話してくれたのは、さらに不可解な話だった。
これが神童たる我が妹でなかったなら、白昼夢の類だと思ったかもしれない。
一月前、両親と妹の前に、一人の女が現れた。
それは一人の吸血鬼。
その女吸血鬼が、クレオリアが神人類であることを突然告げたのだと言う。
その吸血鬼は帝国の東、東方よりも更に向こうの未開地にある伝説の魔境、常闇の都。そこを統べる女王であり唯一無二の吸血鬼、究血姫だという。
私はその話を聞いてゾッとした。今まで、私の実家であるオヴリガン公爵家の邸宅には古の灰魔術師により防御結界が張られており、そう言った魑魅魍魎だけでなく、あらゆる害悪から守ってくれる場所だと思って油断していた。
その安全だと思っていた場所に、そんな高位の怪物に侵入されていたなんて!
「よく無事だったね」
私は思わず妹を背中から抱きしめ、その神の細工のような細い髪に唇を添わせた。
妹はじっと動かなかったが、やがて、
「あの、そのことについてなんですけど……」
と、少しばかり言いにくそうに口を開いた。
「何か……あったのかい?」
私は不吉な予測に思わず唾を飲み込んだが、妹はそれを慌てて打ち消してくれた。
「ああ、その吸血鬼については心配いらないんです」
「どういう事だい?」
「どういうことかは説明が難しいんですけれど、その吸血鬼がオヴリガン家に害を成すことはないですから、心配いりません。彼女、オルガって言うんですけど、そのオルガはその神人類について教えてくれた後は自分の国に帰っちゃいましたから」
「訳がわからなくて、心配だけが増えていくよ」
私は素直に心情を吐露した。大人びた妹は少し笑うと、
「色々と説明が難しいんです。私が話したかったのもそのことなんだけど……」
「うん?」
「何か記憶がおかしいんです」
妹に起こった問題はまだまだあるらしい。
私は溜息を吐きかけぐっと我慢した。
オヴリガン家を守るために書令府に勤める選択をしたが、両親と妹を南方に置いていたのは間違いだったかもしれない。
やれやれ。と思いながらも、
私は、妹の打ち明け話の続きを待つことにした。




