19 予定
パスタが茹で上がるまでローサお姉様の抱っこちゃん人形のようにされた私は、それから2時間ほど歓迎会という食事会をしてもらい、それでその日は解散。二人ともそれぞれの家に帰っていった。
このオーランドお兄様の独身官舎は寝室は一つしか無いので、ウェントアースお兄様がローサお姉様を送っていった。すみませんね、私がいなければ、寝室が一つでも問題なかったんだろうけど。
片付けは明日。というか、まだ料理は二人が持ち帰っても残ってたので明日の朝食にすることになった。
私とオーランドお兄様は寝る前に居間のソファに座ってお話することにした。
パーティの後ということもあって、お兄様はワイン、私は果汁を飲みながらお話している。
「疲れてないかい?」
「ええ、旅は割りと平気でした。どっちかというと着いてからのほうが疲れました」
「ああ、なにか宰相様と賭けをしたんだって?」
「まぁ、賭けっていうのかな? 聞いたんですか?」
「うん」
と、お兄様。
「ほら、さっきちょっと話したけど、明日の予定」
「ああ」
先ほどの歓迎会で、ローサお姉様が帝都を案内してあげようかと言ってくれたのだ。
けれど、オーランドお兄様の方から、明日は宰相様の関係の予定が入っているということで、お姉様の帝都観光はまた改めてということになった。
受験に来ているのにそんな暇あるのかって?
あるのだよ。自慢じゃないけど、楽勝気分。
言ったかもしれないが、いくら実力本位の特待生試験と言っても、それでも私の推薦状は皇位後継権を授けられる五大家リシュリュー公爵家発行依頼の、行政官最高位の宰相様の発行する史上最強の受験推薦状である。
よほど、ひどい点数でもとらない限りは合格らしい。普通の推薦状でも私なら受かると思うしね。
どちらかと言えば、受験自体より、その後の政治的な関わりの方が面倒くさそうだ。
なにせ宰相様が発行する推薦状なんて例がないらしい。
あの宰相様のことだから、絶対何か良からぬこと考えてるに違いないし。
で、その宰相様の予定というのが、今日のジークフリート坊っちゃんとの『勝負』の景品である、『帝都最高の剣道場と魔導塾』をさっそく見に行くことになったのだ。それ以外にも色々と面会なんかの予定が入っている。
「でも変な話ですよね」
「うん?」
「私だけじゃなくて、明日はナタリー達も一緒に来るようにって」
そう、宰相様からの言付けで、明日の道場見学等の内壁街での予定に、ナタリー達も同行するように『命令』されたのだ。
剣道場と魔導塾は私が私的に通うものだから、そうなるとナタリー達が呼ばれたのはその後の面会の方か。
「ナタリー嬢達との面談が目的らしい」
お兄様の言葉が私の推測を肯定する。
「お会いする方は誰か分かっているんですか?」
「親皇帝派の貴族の方だよ。それもフィリップ様に極親しい方たち。そうだね、クロード様とは明日じゃなくても近いうちに会うことになると思うよ?」
「クロード様?」
「ああ、ごめん。クロード・アレグル子爵。中央地方の貴族で、親皇帝派の中心メンバーだよ」
親皇帝派というのは、現皇帝派の貴族のことだ。
帝国は歴史的に地方と中央の貴族で派閥が分かれやすいが、中央の貴族の中もそれぞれ派閥がわかれる。帝室派貴族は、それがそのまま『現』皇帝派を意味しない。わかりやすいところでも五大家の各公爵家を核に、それぞれの帝室派貴族のグループは存在する。各公爵家は帝室派としての大きなくくりでは同じ派閥だから対立はしていないが、本心からの信頼関係があるわけではないらしい。
『流刑地』オヴリガン公爵家には関係のない中央の話だな。
現皇帝のレオナルド陛下と宰相で陛下の乳兄弟だったフィリップ様がまだ25歳という若さから親皇帝派の貴族は若手が多いらしい。新興派閥といっても良い。ただ、現皇帝の派閥だからそれで逆にバランスが取れているのだろう。当代の御代は安定長期政権だというのがもっぱらの評判だし。
「たぶん、アーガンソン商会のお嬢様を呼んでいるのはついでだと思うよ?」
「というと?」
「うん。ナタリーさんだっけ? その従者の子供がいるだろ?」
「ええ、二人」
「じゃあ、ヴェルンドって子は?」
「ヴェルンド? ああ、Vのことね。来てますけど、あの子が?」
「うん、彼が5歳の時に発明した挽き肉機? それを聞いたフィリップ様がそのヴィ君にも学園の推薦状を出す用意があるって、ナタリーさんのお父上に持ちかけていたんだ」
へぇ! ヤルわねV。
確かに、挽き肉機の登場でサウスギルベナに『ハンバーグ』という新たなグルメが登場し、B級グルメとして大人気になっている。挽き肉機もウチにもあるしね。
私自身は『ハンバーグ』って今まで無かったんだとか、挽き肉機の何が珍しいのかと思ったくらいだが、我が家の食卓に『ハンバーグ』が登場するようになってその恩恵に授かっていたから、たしかに凄い発明だと、思い直したけどね。
あれ? でも挽き肉機って、Vが発明したんだっけ。
うん、そうそう、それは間違いないんだけど。あれ?
また、この数日感じる、記憶に靄がかかったような状態が出てきた。
これ、絶対おかしいよね。自慢じゃないけど記憶力はいいほうだし、痴呆症って歳でもない。
なにより、物忘れって感じじゃない。
どうしよう、お兄様に言った方がいいかしら?
それとも心配かけちゃう?
「クレオリア?」
お兄様が怪訝な顔でいる。
「あ、あの、お兄様」
私は、やっぱり相談しておいた方がいいと思って、ただ自分でもよくわからない症状だったのでどう説明すればいいか分からなかった。
「もしかして、あのことかい?」
お兄様はワイングラスをテーブルにおいて、柔らかだった表情を少し引き締めていた。
「手紙に書いてあった、『あのこと』について」
あ! と私は思った。
そうだ、私はもっと相談することがあったんだ。
なんですっかり忘れていたのかというと、これのお陰で意識せずに済んだからだ。
私もグラスを置くと、自分の左手首に着けている、細い銅製の『三連腕輪』を撫でた。
私には秘密がある。
実は私、人間の最上級種である
『神人類』 なんです。




