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13 縁






「ラウール!」

 私は懐かしい顔に思わず歓声をあげる。


 まちがいなく3年前まで我がオヴリガン公爵家にいたラウールだ。


 彼は私が生まれる少し前から治副司ちそえのつかさという地方領主の補佐官をやっていた。

 地方領主というのは彼の場合は私のお父様、ギルベナ地方の領主、スコット・オヴリガンである。

 たしか私が三歳くらいまでいたのかな。そのあと中央官僚として帝都に戻っていったからそれ以来だ。


「お久しぶりですクレオリア様」

 相も変わらず堅苦しい元補佐官、現宰相様の側近は何の感慨も見せずに頭を下げてきた。


「まったく冷たい人ね」

 私は、らしいといえばこれ以上らしい態度もないラウールの姿に吹き出しそうだった。


 そんなラウールは頭を上げると、今度は冷たい目を隣のフィリップ様に向ける。

 仕事をほっぽり出してやってきたのだから、直属の部下としては当然かな?


「怒るなよ」

 フィリップ様は少しその細い眉毛をクイッと上げてみせた。


「そう思われるのなら、いきなり姿を消すのはやめてください」

 この国最高の権力者にも、ラウールは遠慮がない。


「仕事の優先順位くらいわきまえているよ」

「でしたら……」

 ラウールのお小言を、フィリップ様は少しニヤついたまま遮る。

「だから、ここにいるんだよ」


「……」

 フィリップ様の言葉に、ラウールは私に視線を向けてきた。


 うーん、やっぱり何考えているか分かんないな。少し愛想よくしたほうが可愛げがあるわよ?


「おい!」

 背後から声を掛けられて、私は振り返る。ジーク坊っちゃんだ。まだ立てないらしい。依然、王子騎士テオドールさんに抱きかかえられたままだ。


 羨ましくなんてないんだからねっ。とか思ってみる。


「ほっといて行こう。時間がない」

 どうやらフィリップ様は私がジークフリートに名前を名乗るのが嫌らしい。


「ちょっとだけ、待ってください」

 私はそれを察していたが、かといってこのまま立ち去るのも忍びない。というよりどうせ学園で出会うのだから名前を隠しても意味が無いと思うんだけど。


 私はジークフリートに駆け寄ると、右手を差し出した。

「今日は楽しかったわ」

 そう言ってニッコリと素直に告げる。


「お、俺の名は、ジークフリート・イツァーリ!」

「うん、知ってる。あんまり周りの人を困らせてはだめよ?」

 私の言葉にジーク坊っちゃんはグッと詰まった。


「ぐっ! ぬぅ」

 と顔を真赤にして唸っている。また癇癪を起こすのかしら。


「お……、おま、おめ、お前の名前は!」

 あ、噛んだ。


 うーん、教えてあげてもいいけど、宰相様の思惑もあるみたいだしなぁ。


「今度私に勝つことができたら名乗ってあげる」

 とごまかしておいた。どのみち入学したらわかるんだろうけど。ごめんね。


「……」

 ジーク坊っちゃんは暫く私の言葉を考えているようだが、やがて少し乱暴に私の差し出した手を握り返した。


 ちょっと! 女の子にそんな荒っぽい真似しないでよね。


「約束だぞ! また勝負だ!」

 私はその言葉にもう一度ニッコリと微笑んだ。


「もちろん。どうして今日負けたかよく考えなさいよ?」

「次は負けない!」


 ジークフリートがなかなか私の手を離さないので、私は自分からその掌を解いて、馬車の方に戻った。


「やれやれ、随分素直になったものだ」

 フィリップ様が呆れてジークフリートを見ている。

「フィリップ様」

「うん?」


 私は少し声を押さえる。

 フィリップ様はしゃがんで私の口元に耳を寄せる。

 あら、綺麗な耳。ピアス開けてる。


「なぜ、名乗っては?」

「ああ、そのことかい?」

 そう言って体を上げる。

「少しアイツの御守としては出来が良すぎるんでね。君にとっても相応しい役目じゃないなと」

 そう言って、フィリップ様は馬車の方に掌を上にして促す。


 私はもう一度、ジークフリートの方に手を振ってから先に馬車に乗り込んだ。

「そんなこと考えてたんですか?」


 いくら幼稚だからって、同い年の人間をお守役にしてどうするのかしら?

 そういうことをするからジーク坊っちゃんが我儘になるんじゃないの?

 というか、そんな面倒な役割しないって。


「うん。なし崩し的にそうなるように仕組もうかと考えていたんだが」

 そんなこと考えてたのか! 悪党め!


「このあと紹介しようと思っていた予定も白紙だな」

「えっと? 誰にですか?」

 なにか嫌な予感しかしない。


「うん。君の婚約者になるヤツと会わせようと思っていたんだが」


 は?


 私はその言葉が理解できなかった。


 こ、婚約者っておっしゃいました?


「な、なにぃ!!」

 私の代わりに大声で叫んでくれたのは、耳ざとく宰相様の言葉を聞いていたジークフリートだった。


 なんで君が驚くのよ。

 なんてことは思わなかった。私だって同じ気持だったからだ。


「そう思っていたんだがね。君が少しばかり面白過ぎるからアイツの婚約者にはもったいない」


 ああ! そう言えば白紙にって言ってたな。良かった!

 なんで、いきなり婚約者が登場するのよ。誰だそれ!


 しかも宰相様のご紹介って断れないじゃない!

 ぜっっったい、嫌!!!


「質の悪い冗談はやめてください」

 少し怒った感情を見せて私が言うと、フィリップ様はまるで意に介していないように答える。


「六歳の姫や上級貴族の男児なら、婚約者がもう決まっていても別におかしな話じゃないよ。ジークみたいに立場が難しいとまだ暫くは無理だけどさ」

 そう言って、馬車のステップに足をかける。

「心配要らないよ。白紙撤回することに決めたから」


「当たり前です!」

 強い拒否感を示す私にやっぱり気にした様子も向けず、馬車に乗り込みながら宰相様は言葉を続けた。


「アイツより私の婚約者になって貰おうかと思ってね」


「へ、ヘン○イだーー!!!!」


 思わず叫んだのは私だったのか、今度もジーク坊っちゃんだったのかはわからない。

 思考回路はすっかりとオーバーヒートだったからだ。


 あんぐりしている私を載せたまま、馬車がゆっくりと進みだす。


 カーカーと空気を読まない鴉が、夕日に進む馬車の廻りで鳴いていた。






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