01 見てのとおり、ただの幼女だ。
ほっそりとした幼い少女が、その金の長髪を風に流して立っている。
ほっそりと。
まちがいない。自分で言っているのだからこれは変えられない真実だ。
私の名前は、クレオリア・オヴリガン。
見ての通り金髪碧眼のただの幼女だ。
いや、失礼。見ての通りただの『美』幼女だ。
女の子としてここは譲れないな。謙虚なので公言しないが、心の中ではいつでも『自分が一番』と自信を持つのは貴族淑女としての嗜みだ。聞いたことはないが多分そうだ。
当年取って六歳も半ばなので、もうそろそろ幼児とは言えないかもしれない。
どのみち年齢の割に老成甚だしいと陰口叩かれていたので気にならないが。
そんな(あくまで揺るぎない事実として)、美少女を乗せた一隻の船が、大運河を北に航行している。
私は北西から吹く風に目を細めていた。
さすがにもうこの数日で慣れたけれど、こっちの大運河は大きい。
今まで見たこともないほどの、向こう岸が見えないほどの大運河だ。
風は夏なのに涼しい。肌寒いくらいだ。
水上という理由だけではないだろう。もうすぐ零峰と呼ばれる万年雪を抱える北方に近づいてきたのもあるはずだ。
「……?」
そこで少し感じる違和感。
んー。
少し考えて納得する。田舎育ちなので、領土最大の運河を見れば大きいなとそう思うのも当然か。と書物の知識を引っ張りだして理由づけする。
私は今、船上の人になっている。
帝国という私の祖国。その帝都から中央地方と西方を境するように流れる大運河を川上に向かっている。つまり北、つまり帝都に向かって。
「?」
おかしい。
また違和感を感じた。またというか、南方から中央地方に入って船に乗船してから時々感じている違和感だ。
私は後ろを振り向いて、船首全体を見渡して見たが、危険そうなものもない。
チラリと視線の端に錨巻上機を覗きこんだりさすったりしている不審な男の子がいるがアレは問題ない……なぜって友達だから。
誰か不審者に見られているということもなさそうだ。
となるとあの子のように……名前なんだっけ……忘れた……船酔いだろうか。
それとも魔導船の微弱な波動で体調を崩しているのかしら?
船に乗船してからあったことというと、上は十二歳から下はようやく歩けるようになった子まで、同じ旅客の男の子達からやたらと声をかけれたことくらいか。
別に道を聞かれたとかそういうオチじゃないわよ?
それはまぎれもなく『お誘い』だった。まぁ年齢が年齢なので不快な感じはしない。うっとうしいけど。
私はそういう視線や感情に鈍感なお姫様ではないし、しつこく言うが『美』少女という事実は変えようがないので、いたしかたないと適当にあしらっておいた。あんまり無礼だと他の大人からはわからないように素早く『腹パン』して追い払ったが。
とにかく、あったことといえばそれくらいかなぁ?
でも、その原因は分かっているし。今は『ただの』美人だからね。
自分ではどうすることもできない『威圧感』も今は『コレ』で消えているはずだ。
と、私は腕に唯一している装飾品、細い銅の三連腕輪を触りながら視線を左上から左下に移動した。
じゃあ、この違和感はなんだろう?
「姫様、お山が大きいです!」
ぼんやりと違和感の正体を探していた私に満面の笑みを向けてきた一人の少女の声。
百二十センチちょっとの私よりかなり小さい、黒髪で白い肌にソバカスとピョコンと高い鼻が可愛い。
「本当ね、ナタリー」
私は山よりいつまでたっても新鮮な反応をする親友の純真さのほうに感動しながら相槌を返す。
やはり六歳児としてはこちらのほうが正しい。
私は公平な人間なので正直に『私も含めて』と言うが、どうも『私達』旅する六歳組はナタリーを除いて年齢に相応しくない面々だ。
そんな中でやはりナタリーの素直な反応に癒やされていますよ。
ナタリーは黒のセーラーワンピースにツバの細い麦わら帽子と黒いサンダルという出で立ちだ。
うふふ。かわいい。
すっかり山も違和感もどうでもよくなった私は、ナタリーの可憐な姿に目の保養をさせる。
「見えてきました!」
ナタリーが一際大きな声で、船の進む先を指さした。
見れば港街が見える。
というか、それよりもまず大きくて厳しい水門が見える。
おそらくでなくとも、あれがこの船の終点、河上の街、帝都の最寄りになるバゼルだ。
位置的には帝国領土の北方、西方、中央地方の境になる街でもある。
河川自体はまだ河上に続いていて、このまま北に進めば帝都まで続いている。源流は帝都の北にある零峰で、そこから帝都をなぞるように流れ出ているのだ。
だが、船で行けるのはこのバゼルまでになっている。
川底の深さで船が侵入できないとかいった技術上の問題ではなく、帝都の防衛に関わる安全保障の問題で許可されていない。あの水門の向こうへ船で進入できるのは帝室関係の船舶のみである。
だから、私達一行もここで下船して、入領審査を受けた後帝都を目指して今度は街道を行くことになる。
「やっと着いたわね」
ナタリーと違って水面か山脈しか見えない風景に飽々していた私はぐっと腕を引っ張って背中の張りを解す。
「まぁ、私より……」
そこまで言って、私は相変わらず『あの子』の名前が思い出せなかったので、そこで言葉を止める。
「……友人Eはようやく船酔いから開放されるわけだ」
と無理やり命名してやり過ごす。
はて、名前本当になんだっけ。
彼の顔を思い出すが、名前が思い出せない。
これでも記憶力はいいほうなのだが。
ま、いいか。
「それじゃあ、ナタリー下船の準備をしましょう」
「はい! 姫様」
先に歩き始めた私にすぐに追いついたナタリーは私の腕にそっと小さな手をかけて横に並んで歩く。
あー! 可愛すぎる!!
私はギュッと抱きしめたい感情を抑えて、何の動揺も顔に見せないように努力しながら船室へと……。
おっと、忘れるところだった。もうひとりいた。
「V!」
私は先程からウロチョロとしながら船舶中を見物していた男の子に声をかけた。
果たして聞こえたのかどうか、反応もない。
ま、どうでもいいか。
私はほっといてウフフな気分でナタリーと共に私達の旅客室への階段を降りていった。