11 戯事
「もう一度」
ジーク坊っちゃんの実力はもう十分に把握した。
余裕綽々に見えるが実際はそれほど余裕があるわけじゃない。
なるほど、帝都最大の道場の中で同年代に敵がいないというのも分かる。
身体能力だけは私にも負けていないかもしれない。
ジーク坊っちゃんは呆然と剣を持って何とか立ち上がった。
坊っちゃんは自分の手の中の木剣と私の顔を何度も見比べていた。
しばらくして、彼は大きく息を吐いた。そして正眼に剣を構える。
「ジーク?」
宰相様が様子の変わった少年を訝しげに見つめる。
私も五大家のお坊ちゃん、甘ったれだった少年の変化に気がついていた。
そこにあるのは挑戦者の決意。先程まであった幼児性の浮ついたものが消えている。
清々しいほどの集中力。
ジークフリートが、
「ハっ!」
と気合一閃撃ちかかってくる。
今度は先程までの我を失ったわけでも、油断した一撃でもない。
それは美しいと表現してもいいくらい、真っ直ぐな気持ちが見える一振りだった。
私はすぐさま自分の中のギアを入れ替える。
もちろん上のギアに入れ替えたのだ。
振り下ろされた剣を横にスライドして躱す。
遅れた金髪の毛先だけが木剣の一撃を受けた。
お互い無駄のない一撃、体捌きだった。
私は一歩踏み込む。
「クソ!」
ジークフリートがあからさまに動揺している。
わかるよ。
懐に入られたら、どうしたら良いかわからないでしょ?
襟首を掴んで、膝裏に足を引っ掛ける。
首と関節を極められたジークフリートはその身体能力に関係なくカクンと膝を着いた。
素早く背後に廻り、首を極める。
「ホラ、戦場じゃ二回死んだわよ」
耳元で囁く。
「なっ、ち、ちか、放っせ!」
真っ赤になってもがき始める。
うーん、まだまだ素直にはならないか。
私は首筋を人差し指でなぞった。
もちろん首を掻っ切ったというポーズだ。それからまた背中を突き飛ばす。
「もう一度」
そう言って、距離を空けて開始位置に戻る。
「クッソ、やるな! 変な動きしやがって!」
悪態を付きながらも素直に開始位置に戻った。
また正眼に構えながら、今度はジッと観察してきた。
まぁ、そういう素直なところが足りない部分なんだけど。
身体能力は高くても、ジークフリートの剣筋や動きは素直過ぎる。
どれだけ素早くても読めるのだ。
とはいえ、二ヶ月前までの私ならどうなったかわからない。
私も二ヶ月前まではこのお坊ちゃんのような身体能力に任せた戦いだった。
だけど、帝都に来るまでの二ヶ月間の間に私は、
魔族の格闘家と、友人と、貧民街の子供たちと、幼馴染と、巨人族の父娘と、
剣術、格闘術、魔術戦、集団戦。
文字通り寝る間もなく戦う術を学んだ。
同い年というと友人Eとの組打や貧民街の子供たちとの集団戦の経験がある。
子どもたちと言ってもサウスギルベナの貧民街はこの国有数の治安劣悪地帯であり、そこに住む子どもたちは、銅貨一枚のために人を殺めることができるような子どもたちだ。
個人対戦では友人Eとの訓練が、私の戦闘IQとでも言うべきものを格段に押し上げてくれた。
また、あの子が卑怯な手を考えつくんだわ。
女の子相手に手加減もしないしね。
そういうこともあって、私の戦闘力は格段に成長したと思う。
田舎でのことだから、それが世間的にどれほどの実力にあるのかは判断がよくつかないのだけど。
その私の対戦相手表から判断するに、ジークフリートの身体能力はピカイチだ。
先程も言ったとおり私と遜色が無い。『只の人間』だとすれば飛び抜けて優秀だ。
しかし、実戦であったなら、ジーク坊っちゃんは圧倒的に身体能力で劣る友人Eにも殺されるだろう。
まぁ、あの子が特別小狡いということもあるが、自分の命がかかっているのだ。それが悪いとはいえない。
将来ジーク坊っちゃんが皇帝になるのなら、そんな術を使う必要もないし、そうなった時はいよいよこの国も末期なんだろうし。
けれど、知っていて使うことがないことと、無知であることは違う。
ジークフリートは数回大きく深呼吸して、再びかかってきた。
「ハッ」
上段。
「とぅ!」
逆袈裟。
躱しながら読み易いタイミングを体に馴染ませる。
また、上段を撃とうとするところで、再び懐に入り込む。
投げ飛ばそうと腰に相手を載せた。
「さっせっか!」
ジークフリートは剣を投げ出した。そして懐に入った私を掴みにかかった。
「!」
「ほう」
テオドールさんと宰相が少し驚いた声をあげた。声こそ上げなかったが私もだ。
武器を手放すという判断は悪くない。
特に長剣なんて組打になったら邪魔になる場合も多い。ここまで懐に入られたのなら尚更だ。
剣は騎士の魂なんて考え方は、貴族の戯事で、戦場ではどんな立派な剣も道具の一つでしか無い。相手を無力化できるならそれは単なる石ころであっても構わないのだ。
それを彼が理解できたとは思わないが、なにか掴みかけているのかもしれない。
ジークフリートは体の大きさを利用して地面に私ごと転がると、逃がさないように私を捕まえにかかる。
どうやらさっきまでの私の動きを真似ているようだ。
50点ってところね。
見よう見まねでやっている割にはなかなかのセンスだが、まだまだ手間取っており、そんなもんじゃ女の子は捕まえられません。
首を極めようと伸ばした腕を私は反対に捕まえる。
それからスルリと下から逃れると、足を代わりに差し入れてーの、よいしょっと!
反動を利用して、ジークフリートの腕を持ったまま一回転した。
二人とも仰向けの体制になった。
ホイッと、腕ひしぎ十字固めの完成だ。
「げぇ!?」
いつのまにか腕を極められたジーク坊っちゃんが驚きの声を上げる。
「ギブ? ギブ?」
私は完璧に決めた腕を微妙なタッチで力を入れたり抜いたりする。
完璧に極っているので、怪我をさせないように気をつけないとね。
「ふざけるな! まだまだ!!」
と威勢のいいことを仰るので、
「うりうり。さっさと降参しないと筋を痛めるわよ」
ちょっとだけ力をいれてやる。完璧に極っているのでいくら腕力があろうと関係がない。
べつに加虐趣味があるとかじゃないのよ?
「いでででで! ギブギブギブ!」
と割りかし早めに諦めた。しょうがないので腕を開放してやる。
ああなったら腕一本諦めるしか無いんだけどね。
私はヒョイッと跳ぶように起き上がると、また、開始位置まで戻ってジークフリートを待つ。
暫く赤髪の少年は荒い息を吐きながら、跪き腕を抑えている。
「ジークフリート様!」
テオドールが腕の状態を見ようと駆け寄った。
「なんともない!」
それをジークフリートが傷めつけられた腕を振るって退ける。
「もう一度だ!」
そう言って、勢い良く立ち上がった。目の前の相手、私しか目に映っていないようだ。
その目にある光は怒りじゃない、恐れでもない。どうにかしようと必死に思考する赤髪の少年の姿があった。
私は思わず、微笑んでしまった。
「もちろん、気の済むまで何度でも」




