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05 事案






 五大家イツァーリ公爵家の少年、ジークフリート。

 この赤髪の少年はそれから五試合続けて、勝負した。

 結果から言えば、五連勝。圧勝だった。


 気分が悪い。


 私は離れた場所で我関せずにいたが、それでもこのジークフリートの『勝負』とやらが、少年の言う『正々堂々』ではないことが分かった。いや『勝負』ですらない。


 なるほど、ジークフリートの剣技とやらは、それはそれなりに見事なものだった。

 だが、少なくともそれは帝国中から集められた才能。しかも特待生試験を剣術による一芸で受験しようという子どもたちから五連勝するほどのものでは絶対にない。

 いや、一人目の年上の少年でさえ、年齢を加味すれば本当の腕前はジークフリートよりも優れていただろう。


 ならなぜジークフリートが五回連続でそんな才能の塊のような子どもたちから勝利するできたのかといえば。


 それは単純にその血だ。


 千年国家である帝国において、皇帝の血を受け継ぐ公爵の血を持つ者は神である。

 それほど明確な違いがあるのだ。


 勿論実社会において、血よりも金や才能のほうが本心では尊ばれることもあるだろう。そんな理由もないものに価値を求めるなど失笑モノだという商人や武芸者はいるだろう。

 事実私の田舎であるサウスギルベナでは公爵家の私達オヴリガン家より、ナタリーの実家であるアーガンソン商会の方がお金持ちだし、実権は持っている。


 ただし、我が家、オヴリガン公爵家は三百年前の初代様が『流刑皇子』、そしてその領地が『流刑地』などと呼ばれている通り、他の公爵家と違って中央政界から事実上追放されたという『特殊事情』がある。


 それでもこの国では法でさえもその血の違いをもとに定められているのも確かだ。

 それによると最高権力者である皇帝になれるのは、公爵家でなければ何がどうなっても不可能なのだ。逆に『追放状態』の我がオヴリガン家だって、法律上は『大家』に選定されれば帝の座に座ることだって可能なのだ。もちろん単なる可能性はあるという意味だが、どんなに我が家より財や権勢を誇っていたとしても、その血は変えることは出来ない。それは過去を変えられないのと同じだ。


 貴族と庶民、公爵家とそれ以外の貴族では、血は同じ赤でも、違うものなのだ。明確に。


 そんな公爵家でも、次代の皇帝を生む五大家はその血も、財も、権力も、この国では飛び抜けた存在なのだ。特待生試験を受けるような子どもたちにとっては、ジークフリートは神のごとく自分や自分の家の生殺与奪権を持っているのだ。そして大貴族にとって自分たちなど才能以外はゴミほどの価値もないことも。


 それがこの国の貴族社会だ。


 その国で、自ら五大家の人間だと名乗っておきながら、まともな勝負などできるはずがない。

 少年たちはみな上手いこと手を抜いて、ジークフリートに勝たせていた。

 才能に溢れているからこそ、手を抜いているとジークフリートに気づかせずに勝ちを譲っていたのだ。


「なんだ特待生っていっても大したことねぇな!」

 ジークフリートが自慢気に打ち据えた少年たちを見下ろしている。


 負けた少年たちの方は特に気にした様子もない。

 回りにいる他の子供達も、さっさと迎えの馬車に乗り込んで面倒事から逃げ出していた。


 負けた子どもたちは悔しくないのかと言えば、その通り、くやしくないのだろう。


 悔しさとは自分の無力さに抱くものであって、次元の低いお遊びで抱く感情ではない。

 彼らは自分の剣術の才能だけを使って、この国の権力構造の中で成り上がることを自覚している子どもたちだ。


 彼らからすれば、こんな勝負など何の益もないし、変なのに絡まれたなぁというくらいだろう。

 だったら、おとなしく災難が過ぎ去るのを頭を垂れて待っていることにしたんだろう。

 もちろん気分は悪いだろうが、それをイチイチ気にしてもしょうがないことも分かっているはずだ。


 こんな茶番を見せられるこっちはたまったものじゃないけどね。


「あんなのが帝位継承権を持つ皇子って思ったら、お先真っ暗だわ」

 私がポツリとこぼした言葉に、


「いや、まったく困ったものだよ」


 と答えた声が、背後からした。


 振り向くと一人の男性が立っていた。


 身長は一八〇半ば。年の頃は二十代前半。銀色の長い髪。どうみても意地悪そうな切れ長の瞳。細い顎。華奢な体をゆったりとした白い筒型服ダルマティカに包んでいる。


「よいっしょっと」

 男性は私の隣に腰を下ろす。座っていいって言ってないですけど。


「どちら様かしら?」

 私はいちいち推測するのが面倒なので正直に尋ねる。

 彼はにっこりと笑って握手を求めてきた。


「?」

 私はなんだか分からないがその手を握り返すと、彼は自然な動作で手首を返し、私の掌の第二関節あたりに唇をつけた。


「はじめまして、私は君の兄上の上司だよ。クレオリア姫」

「お兄様の?」

 私はスッと彼の手から自分の手を引き抜いた。


 上司というからには一番上のオーランドお兄様のことだろう。二番目のウェントアースお兄様はまだ学生だ。


「彼の代わりに迎えにきたんだ。オーランドは忙しくてね」


 私は疑わしさを隠そうともせずに、銀の髪をしたその人物を観察する。

 ちょっと見ただけの外見で私のことがわかったのだから、まぁ、お兄様の代わりにきた上司さんというのは嘘ではないかもしれない。

 

 ちなみに『姫』は帝族の未婚の女子にだけ使われる。つまり公爵家の女子のことだ。『皇子』と違い帝位継承権があるかどうかは関係がなく、三代皇帝までの血筋であればそう呼ばれる。


 服装や物腰、そういった点でも、かなり身分の高い貴族みたいだが、しかし……

「えっと、迎えって馬車は?」

 彼の背後に馬車の影も形もない。

 人を喰ったような笑みも含めて、胡散臭い。なんとなく誘拐犯みたいな姑息な犯罪者ではないと思うが、良い人ではなさそうだ。なんとなくだけど。


「暇だったから歩いてきたよ。どうだろう散歩がてら街を案内しよう」

「お兄様の上司なのに、そんな暇があるんですか?」

 お兄様は官僚の中でも一番忙しいという、書令府に勤務している。

 一応上司と名乗っているのだから、丁寧な言葉使いで尋ねる。お兄様に迷惑かけるわけにもいかないしね。


 彼はハハハと楽しそうに笑った。

「そりゃ暇だよ。逃げ出してきたからね」

「それは暇とは言わないのでは?」

「なに、時間なんてつくるものだよ」


「あの」

「なんだい、クレオリア姫」

「そろそろお名前を伺っても?」

「うーん、まぁもうしばらく謎のお兄さんを楽しんでも良かったが、面白そうなことも起こっているし教えてあげよう」


 そりゃどうも。


「私のことはフィリップと呼んでくれ」


 フィリップだけじゃわかんないわ……え?


 私はその名前に聞き覚えがあった。この国の貴族なら誰でも知っている名前というだけではない。

 私は最近頻繁にその名前を耳にしている。


「そう、君の特待生試験受験推薦状の発行者だ」

 私の発する空気で何を考えていたのかわかったらしい。

 フィリップは、いやフィリップ様は私の様子を観察していた。


「フィリップ・ジャン・リシュリュー様?」

「そう」


「公爵家の?」

「そう」


 私は驚くというより、あまりにありえない人物の登場に呆れて最後の確認をした。


「現帝国宰相の?」


「まさしく、そのフィリップさ」


 銀狐と政界で呼ばれる、帝国最高権力者の一人はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべてそう言った。






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