03 帝都参上
国家最大の都市で国家最古の都市。
それが帝都だ。
私は、フムと宮廷、つまり皇帝の居城である宮廷を見上げる。
距離は離れているが巨大な宮廷は、離れているが故に巨大さがここからでも分かる。
丘に造られた白く巨大な城は、その背後にある零峰の山脈を模しているかのように厳しく、歴史を感じさせた。
内陸港バゼルからは結局何事も無く、帝都に着いた。一日、野宿もどきとやらを経験したが、やぱり私はそれほど良くも悪くも感想を抱かなかったのでそのことについて、ここでは割愛する。
私は今、その帝都の内壁街という場所にいる。
帝国の首都帝都はその背後に零峰という絶対凍土の山脈を背負うように宮殿があり、その宮殿のある丘の麓に内壁街という、街がある。
ここは三つの巨大な門に囲まれた高い城壁の内側の街だ。
ここに住んでいるのは主に大貴族や、大商人。つまりはお金も地位もあるという人たち。
そして宮廷に務めている官僚たちの官舎。高級品を扱っているお店。
魔術関係以外の研究機関や教育機関の本校もある城壁内と言ってもかなり大規模な街だ。
どれも白を基調とした色合いの建物が並んでいる。一見すると住宅なのか商店なのかも分からない。
白は黄色が禁色として定められている中では、最も高い格式を現す色である。
だけど建物の色は景観法によってかなり煩いので、格式が高いというよりは法律の問題で白以外は使えないと言ってもいいだろう。
私の後ろにはこれまた巨大な門がある。
青銅のような薄い青で、高さは扉の部分だけで十メートルはあるだろうか?
これが三つの大門の一つ。南に位置する水龍門だ。
この門の向こう側には郭外街という内壁街よりも庶民的な、そしてさらに巨大な街が広がっている。
庶民的と言っても、私の住んでいたサウスギルベナよりはずっと都会だけど、こちらはまさに物量の混沌といった大都市然とした街並みである。
私はサウスギルベナを出発して以来、初めて一人になって、しかも内壁街にいる。
ナタリーたちとはこの門の向こう側で別れた。彼女たちは郭外街にあるアーガンソン商会の屋敷に向かうからだ。私の街では飛び抜けてお金持ちのアーガンソン商会であっても、この内壁街に居を構えることはできないということだ。以前はソルヴ氏が政商であったこともあり、おそらく店はあったのだろうが、十五年前にサウスギルベナに拠点を移してから店舗なども郭外街に移したのだと思う。
そんな場所に田舎の貧乏貴族である私が、しかも六歳児の私が一人でいるのかというと、特に大した理由もない。
迎えの人を待っているのだ。我がオヴリガン家が内壁街に邸宅を構えられるほど豊かというわけでも勿論ない。特待生試験の関係で来ているだけである。
門の前には、同じように手持ち無沙汰にしている、様々な年齢の子どもたちが数人いた。
どうやら彼らも学園か学院の試験を受ける子たちなんだろう。
学園は六歳から十一歳までの初等部、前期後期二年間の中等部。学院も同じく二年間の一五歳まで。飛び級はないが、途中からの転入は認められている。
門兵の入街検査は厳しかったが、手順は毎年のことなので、検査する方は手慣れたものだった。
門の此方側に入ってからは、特に兵士たちもこちらに気に留めている様子は全くない。
私は同じように、迎えの人を待っている子どもたちの服装に目をやる。
どの子も動きやすい服装に外套を羽織って、足元に大きな荷物を置いているから今到着したばかりなのだろう。
衣服の質も、この内壁街の街並みと比べると明らかに汚れてみすぼらしい。
つまり彼らも私と同じく学費免除の特待生試験を受けに来た面々だ。
私は自分の服装に改めて目をやる。
トップはクリーム色のチュニックの上から黒のフード付きロングパーカーを羽織っている。
ボトムはタイツの上からショートパンツ。靴はキャンバス地の靴だ。
装飾品は嫌いじゃないけど、物騒なので今は腕輪だけである。
うーん。ちょっと目立つかしら。
あんまり当世一般的な旅の服装とはいえないかもしれない。
旅自体は馬車と船が主だったのだが、それでも材質の悪いお手製なので布靴なんて穴が開き始めている。
作ったのはVとEで、作らせたのは私だ。
貴族が自分の家や名を冠した『個人銘』を持っているのは帝国では一般的だが、もちろん私の場合はそこまで大したものではない。作りたいと彼らが熱心に言うものだから、作らせてあげたのだ。……いや、ホントよ?
なのでこの服が自分の一番のお気に入りで、一番お洒落な服で、私の一張羅なのは間違いはない。
ただ、みんな旅の装いとしては、女の子はロングのワンピースに上から外套を羽織っている。まぁ、試験前に戦闘があるような旅などしないだろうし、きっと馬車か船がメインの旅程なのだから不便はないだろう。とくに女子にとって締め付けのない服装は長旅ではかなり重要になってくるだろうし。
でも、なんか野暮ったくてヤなのよね。
他の女の子たちの格好のほうが『TPOを弁えた装い』だってことはわかってるんだけどねぇ。
それでも自分の今の格好が、動きやすくて特訓もしやすいし、かといってお洒落さも失わずにいい感じだと思う。
それに意外と、材料代はかかっていないが、この衣類はなかなかの逸品なんである。
さすが私の『生産職馬鹿』と『気狂い童子』といったとこかしら。腕輪に至ってはドワーフ王が創った魔道具だ。見た感じただの銅の腕輪にしか見えないけど。
先程から、チラチラとこちらを見てくる子どもたちの視線が若干痛いが、旅の服装なんて楽な格好で、それがお気に入りのものなら一番だから、誰に文句言われることもない。
とは言え、遠巻きにチラチラ覗き見するような視線はうっとおしいので、私はパーカーのフードを目深にかぶって、少し離れた石のベンチに腰をおろして、足を組んだ。
ブラブラとさせた片足。私はその靴のつま先に開いた、小さな穴を見つめながら、あとで二人の友人兼、銘店従業員と合流して補修してもらわなければと心に留めておいた。
しかし、お兄様はいつになったら迎えに来るのかしら?
私は何組か迎えに来ている人たちの様子を見ながら、少しイライラと待っていた。
検査の際に兵士に迎えの人間を訊かれた。なんでも使いの者が到着を知らせに入って行ってくれるらしい。これも手慣れた手続きの一つのようだが、それでもある程度まとまってから知らせに行く。運が悪ければ三時間ほど待たなければならない。
迎えが来ない子たちはどうやら定期馬車で向かうようだ。こちらは一時間に一本ほど出ているようだ。停留所を見てみると、料金は無料。とはいえ、内壁街のどこでおりればいいのか、田舎から出てきた私たちに分かるわけがない。殆どの子たち同様私もこの場に残っていた。
私は中央官庁に勤めているお兄様が迎えに来ていることになっていた。
荷物も殆ど無い。服装の類が主だけど、小さな旅行鞄に収まっている。お小遣いを含めた貴重品なんかは当然あるがそれらは別にして斜めがけの革肩掛鞄に入っていた。
生活用品なんかはこちらでいくつか買い揃えなければならないと思うが、お兄様は着の身着のままでもいいから来なさいと言ってくれたので、できるだけ身軽でやってきた。
このへんは兄妹親類がいる者の強みだな。
私の荷物のうち一番重いものは模擬剣が一本あったけど、それはナタリーたちに預けている。
法定基準を超える長さの刃物などの武器類は手続きを踏まないと内壁街に持ち込めない。
しかも許可を得ても、基本的に街中では所定の印を付けたケースに入れて運ぶ必要がある。
模擬剣なので大丈夫かと思ってちょっと聞いてみると即答でだめだった。なので一旦郭外街に泊まるナタリーに預けている。
迎えに来ているのはみんなどこかの貴族の使いのようだ。
初対面なのだろう。子どもたちの名前を呼びながら探している迎えの人間が、お目当ての子供を見つけると簡単な自己紹介から始めている。
他人が自己紹介をしているのを眺めるのはなんだか変な気分だが。
特待生試験の推薦状を発行するのは中央官僚だが、それを依頼するのは内壁街などにいる大貴族たちだ。そして特待生試験を受けるのは大抵が才能はあるが、金はない貧乏貴族などである。
だからまったくかまたは、ほとんど会ったこともないような貴族に後見人になってもらい、自分の才能だけで学費免除の資格を勝ち取り、将来の進路を切り開いていかなければならない。
私の場合も例にもれないが、貧乏とはいってもお父様は最大行政区画、地方の領主だし、家柄は公爵家。おまけに『流刑地』なんて呼ばれているギルベナ地方で、中央のゴタゴタとも無縁。お父様なんて毎日仕事そっちのけで家庭菜園に勤しんでいる。私は女の子だから帝都社交界に興味がなければワザワザ帝都の学校まで行く必要なんて本当はないのだ。
気楽なもんである。
気楽だよね? ……あれ?
とにかく、
三歳で学術書を読み始めた私に、両親が『学園』初等部の特待生試験を受けることを薦めてくれた。ちなみに私にはお兄様が二人いるが、その二人共が初等部の特待生試験には落ちている。お兄さま達が学園の特待生試験に受かったのは中等部からだ。能力の問題というよりは、発行された推薦状のせいだろう。初等部の場合は特にそういう面が強いらしい。能力を買われて入学すると言ってもそこは貴族社会。色々と面倒くさい力関係があるのだ。二人の場合は毎年帝都にやってきて受験するほどお家が豊かではないということもある。
そういう意味では私の推薦状は史上最強だろう。
なんたって……。




