別物語 終始 別物語
私の言った通り、鍋はグツグツと対流が激しくなってきた。弱火なので溢れかえりはしないが、十分に煮られていたのはわかった。
鍋を木杓でひと混ぜした弟は、火の番をしている兄の肩を叩く。
「Vありがとう、もういいよ。さてさてそれじゃあ、スープを分けていくからみんな並んで」
言われて素直に、食器を持って縦に並んだのはユーニアとナタリーだけだった。ヴィクトリアはその前に、食事の場所を整え始めていたし、Vはボーっと竈の火を眺めて別世界にいたし、私は微動だにしていない。
とりあえず素直な二人にEはスープを入れてやる。二人の幼女はなぜか粗末な食事にもニコニコしていた。生まれて初めてのキャンプにはしゃいでいるのかもしれない。こぼさないようにと少年灰魔術師が注意している。配膳段階でコケて食べ物を駄目にするのも、キャンプと幼児の両方であるあるだ。
結局、他の仕事をしているヴィクトリアと、私の分もユーニアとナタリーに配膳をお願いした。
最後に残った分を男の子二人の器に入れる。最後は鍋をひっくり返して雫の一滴まで椀に注ぎ込んだ。沸騰したせいか配膳の分量が悪かったのか二人の分は少し少なかったが兄は食事で文句を言う性分でもない。それにスープは鍋肌に近いほうが乳成分が沈殿し濃厚になっており、それはそれで美味しそうだ。
鍋を床において、二人分の器を持つと、まだ竈の前に座ったままの兄のお尻を軽く蹴る。
「V、V! 竈の始末は後でいいから食べるぞ」
そう言って兄の意識を現世に引き戻すとそーっと気をつけて椀を持ったまま女の子たちが待っているところまで運んだ。
車座になっている食事の場に、最後に私が座る。ナタリーとユーニアの間。車座だが、なんだか自然とそこが上座に見えた。偉そうだからか。
「さて、お祈りは……ユーニアにお願いするわ。修道院育ちってところをバチッと見せてちょうだい」
突然振られて戸惑った表情を見せたが、すぐにユーニアはギュッと目を瞑って、両手を組み合わせる。
他の面々も同じような格好に倣う。Vだけは相変わらずボーっとしていたが、弟が無理やり手を組ませて頭を下げさせていた。
「ハハなる大地母神よ。あなあのいつくしみがもたらしたぁ食物に感謝します」
たどたどしさと滑舌の悪さは別にして、ユーニアの食前祈は一般的なものだ。ユーニアとヴィクトリアは大地母神の信者で祈りの対象が今回は信仰神と齟齬がない。だが、他の神に感謝を述べることもある。
逆に知識神を信仰する者が、大地母神に食前には祈りを捧げる場合もある(見たことはまだないが)。
世界には神々がそれぞれの役割でもって、それぞれが等しく存在していると認められている。だからよほどの事情がない限り、その役割に対して異教だからといって『謝意』が捧げられないことはない。知識神を信仰しているからといって、食前祈をその神に捧げるなんてことは、サバイバル状況下でその知識によって食物を手に入れたといった場合以外には、ない。
その『よほどの事情』から多分お隣の国である王国では食事前の祈りが大地母神に捧げられることはないのだろう。
たどたどしいユーニアのお祈りが終わったのを見計らって、私は大きく頷くと、
「さ、頂きましょう」
と告げる。
後は若い女の子たちの食事風景が広がった。姦しいが、不快ではない、透明度の高い笑い声が『駅』の中を満たす。
さっさと食事を終えてそれぞれの仕事を行っていた大人たち思わずといった感じで微笑んでいた。
「大豆クッキーを入れた時はどうなるものかと思ったけれど、悪くないわね」
「とろとろだねー」
「ねー」
「ほら、ユーニア様、お口がベタベタですよ」
「んー! もう、自分でふけるー」
最初こそ順当に食事の感想からだったが、話はお互いの地元のことや、ファッションだったり、恋バナだったり、学園生活であったり。
ジャンル分けすればそう言えるが、あまりに初期値に対する鋭敏性が甚だしく、予想外で細かなネタに飛んで行くので、男二人は置いてきぼりで、(正確には弟だけ)聞き役以前に黙って発言者の方へ視線を向けるだけだった。
おまけにその話はさっきもしただろうという話題に何度も戻ったりする。
どのみち兄であるVは元々こんな会話に入るほど人に興味がないし。弟である灰魔術師はガールズトーク以前にグループトークにうまく混ざるほどのコミュ力もないので、二人で黙ってスープを啜っている。
賑やかな食事風景は食事自体が終わった後もしばらく続いていたが、やがて夜も更けた頃に唐突に終わった。
原因はユーニアを迎えに来た捜索隊が到着したからだ。
ヴィクトリアがすぐに立ち上がり、捜索隊とアーガンソン商会の警備隊長との間に立って事情を説明していた。
その間に私は別れの挨拶を済ませておくことにした。どうやらこの後はそんな時間が取れそうな様子もないし。
「それじゃあ、次に会う時は学園ね」
「はい! ナタリーちゃんもまたね」
「うん!」
ナタリーとユーニアがギュッと抱き合っているのを、私はウンウンと腕組みしながら眺めていた。何様だ。クレオリア様だ。
少年灰魔術師の方はというと、兄と食事の後片付けをしながら、そんな女の子たちから数歩離れて様子を眺めていたが、今度は大人たちの方を見た。その視線に気がついて私もそちらに注意を向ける。
警備隊長と捜索隊長が何やら大人の会話。少し細かく言えば、謝意と警戒心で微妙な緊張感を醸し出しながら会話している。
どうやらお互い言葉だけで今回のことを済ませて、お互いに関知しないような終着点に落ち着きそうだ。
こちらの会話も、まぁ、自分には関係のない、混ざる権限も能力も興味もない話だとでも思ったのかすぐに食事の後片付けに戻った。
「……?」
暫く、という間もないが、少年灰魔術師は足元に落ちた人影に気がつく。
「 ? 」
そこに、すぐそばに立っていたのは、不思議な色合いの黒髪の幼女。
ユーニアが純朴な笑顔を浮かべて立っていた。
幼い二人ははたから見れば、同じような体格の同じような雰囲気。
浮かんでいるのは対象的な表情だけど。
ユーニアがごく自然に顔を近づけ、チュッという感触がこちらまで聞こえた気がした。
「えっと?」
などと呆けた顔でなんとも情けない少年灰魔術師。
「えへへ、助けてくれてありがとう」
ほんの少しだけ照れながら、嘘偽りなく純真に、感謝だけを述べる姫君に、平民の少年は、
「ああ、いや、どういたしまして」
と礼を失した返礼をするだけだった。
それから駆け出すようにユーニアは自分の護衛騎士の方に走っていってしまった。
まだ事の塩梅がよくわからないようで少年Eは、なんだか自分の頬を撫でている。どんなに撫でても違和感も感触も手がかりも残っていないだろうに。
代わりに残っていたのは、少し離れた場所で立つ二人の少女。つまり私とナタリーである。
自分の公的な主人は、キャッとばかりに両手で目を隠していた。間から覗いているのがまるわかりだが。
私の方と言えばニヤニヤしながらEの間抜け面を眺めてやった。
「なに?」
「良かったわね、幼児愛好家」
「酷い犯罪的表現だが、物理的に同い年ですけど!?」
いじる気満々の二人の主人に捕まってはろくなことにならないと思ったのか、灰魔術師で召使の少年は、自分の仕事に戻ることにしたようだ。
ユーニアとその護衛騎士を載せた馬車が、『駅』を離れる時も見送りには出てこなかった。
私は帝都でも再会するだろうが、Eにとっては今生の別れとなってもおかしくはない。(二人の境遇と世界の広さを考えれば恐らくそうなる)。もう少し名残惜しそうにすれば良いものを、などとも思ったが、他人が口を挟むことでもあるまい。
私は馬車が闇夜に進んでいくのを見送りながら、始祖御三家公爵令嬢ユーニアとのファーストコンタクトを終えたのだった(*注)
*注釈
二人の公爵令嬢。
クレオリア・オヴリガンとユーニア・A・ウェストミンスター。
南方と最も古き家に生まれた、流刑皇子と逆賊皇帝の血を受け継ぐ、二人の出会いであり、正史には残らない話だ。
二人が果たす歴史的役割を考えれば、創作話と思われる逸話である。
記録上では、
二人の出会(再会)は、これからしばらくしてのことだ。
そして二人がその名を歴史に並べるのは、これからずっと先の、予想外の立場である。
共に歴史の主役となった、そんな二人の埋もれた、
始まりの物語。




