別物語 普通のスープをあなたにあげる1
「焦げた……種?」
私が言ったとおり、布袋から出てきたのは数ミリの小さな粒。それが小さな袋いっぱいに収められていた。
布袋自体がヴィクトリアの掌に収まる程度であるから、それほど大量ではないが。
「これは雄鹿麦を煎ったものです」
と栗髪の少女剣士が説明する。その言葉を知っていたのは当然というべきか、私の魔術師Eだった。
「ああ、これが。外皮を剥いたものは初めて見た」
そう言ってEは袋に手を伸ばしてその粒を摘むと掌に広げた。
しっとりと濡れているのは、ヴィクトリアが大運河に飛び込んだせいだろう。
「少し味見してみてもいいですか?」
「どうぞ。子実は薄い青なんですが、これは煎ってあるのでこのような黒に近い色になっています」
Eはそれを口に含むと、上を見上げて味を確認している。
「うーん、湿気てますね」
「なんだそりゃ」
味わった割には要領を得ないコメントに我慢できず、私もEの掌から数粒摘むと口に放り込んだ。
「ふむふむ。クニっとしてる……木の実?」
「湿っていない時にはポリポリとした食感と香ばしい風味なんですが」
「おやつで食べるんだよ!」
ユーニアが鼻息荒く説明してくれるところを見ると、彼女は好物らしい。
そう言われれば『オカキ』っぽい風味は確かにするな。
これでヴィクトリアの言う食感が加わればまさにそうだと、内心で思いながら、Eが手に残った黒い粒をユーニアの掌に移してあげているのを見ていた。
それをユーニアはナタリーに「ナタリーちゃん食べてみて!」とまた差し出している。
仲良きことは結構結構と思いながら私は視線を少女剣士に戻す。
ヴィクトリアが『雄鹿麦』の説明をしてくれた。
「雄鹿麦というのは中央地方一帯では極々普通に栽培されているものです。少し寒いくらいなら栽培できるので私達の村でも作っているんです」
「ちなみに麦って言ってるけど、パシカリア草っていう草になる実だよ」
補足の豆知識はもちろんE。
「私達の村では小麦の代用品としても使いますが、色々な食べ物に加工できるので重宝されている実なんです」
「山岳麦とも呼ばれてますからね。しかしキングウエスト寺院の辺りでは小麦の代わりになるほど収穫できるんですか?」
「いえ、完全に代わりになるほどはありませんが、小麦は食卓になくてはらなないものですからね。ただ山間部の我々には時々小麦の類が枯渇することがあるのです。その時には雄鹿麦を粉にして、麺麭やパスタにするのですが……私はやはり小麦の方が好きですが、人によっては雄鹿麦の粉で作った麺麭の方が好きだという人もいますね」
「ふーん。ギルベナでいうところの大豆みたいなものか」
「いや、あんな酷いのと一緒にしちゃだめでしょ?」
私とEのやりとりにヴィクトリアが先ほど口にした大豆クッキーの味を思い出して苦笑している。
「小麦の代用品はあくまで緊急用としてです。本来はお茶にしたり、クレープにしてその上に卵やハム、チーズを載せたものが『石板焼』、鹿腸詰を巻いた『腸詰巻』は中央地方一帯でも一般的に知られた料理ですね」
「なにそれ美味しそう!」
それに引き換えて我が故郷の大豆ときたら!
「そうなんだよなぁ。雄鹿麦って結構何に調理しても美味いんだよね。ヴィクトリア様はパスタとしてはイマイチって思ってるみたいだけど、それは小麦パスタ用のクリーミーなソースだからで、塩辛い系のスープ用のヌードルにしたら絶対美味いと思うんだよなぁ」
Eの意見にどうやらヴィクトリアは賛同はしていないようだったが、特に異論は示さなかった。代わりに質問で返してくる。
「しかし、君は雄鹿麦のことを知っているようでしたが、ギルベナ地方でも収穫できるのですか?」
「少し前にギルベナ北部の森林部を旅した時にそこで見たことがあったんです。山岳麦は収穫がはやく痩せた土地で育つ上に土壌改良もできるらしくて『僕達』も最初は山岳麦の栽培を産業候補として考えていたんですが、種が手に入るのが『厄介なコ』の縄張りでして。そもそもギルベナには、味は少々劣ると言えすでに大豆もありますしね……大豆が……」
「少々……ね」
「う、うん」
なんだか暗くなるサウスギルベナの少年少女のトラウマを刺激しないように、ヴィクトリアが話を大元に戻してくれた。
「私達の村では、これをリゾットにして食べることもあるのです。これでは少し量が少ないかもしれませんが、濡れてしまったので保存食としては使えないし、夕食に使ってください」
「リゾットって米でしょ? パスタにもなったり米にもなったり万能食材ね」
「そうなんだよ。これ量産できればサウスギルベナのグルメも随分と良くなるんだけどね。個人的にも好みの味だし。しかしこれを使うとなると、粥がいいかな?」
「六人分の粥に使うには量が少ないんじゃない?」
「他にも食材があるといえばあるし、かさ増しすればいいんでない?」
「おっけー。じゃあそれで行きましょう。さっさと食べたいし手順の説明」
即断即決は私の性と言える。私がメニューを決めてしまったが、作り方はEにお任せだ。
Eが少し考えた後、口を開いた。