別物語 ギルベナ物産展2
「臭い! 醜い!」
その臭いのファーストコンタクトで私から語彙力を奪ってきた。
異臭が広がる。
単純で強烈な腐敗臭。
鼻孔を乱雑に跋扈する刺激臭。
包を開けた本人でさえ顔をしかめ、すぐさま厳重に封を戻している。
「何この殺戮兵器なみの臭い物体は!」
私は高い鼻を指で摘みながら、顔をしかめ、空いた手で周りの空気を撹拌し入れ替えながら戻ってきた。
正直口で息をするのも躊躇われる異臭だ。
灰魔術師Eは後ろの大人たちからも飛んできた苦情に何度も頭を下げながら苦笑いを浮かべる。
「うちの団体で作った干し魚だよ」
「?」
鼻と口を押さえながらヴィクトリアは『団体』という言葉に疑問を持ったが、灰魔術師Eは説明する気もないらしく、異臭を放った干し魚について説明を始める。
「サウスギルベナは港を持っているからね。今まで海岸線は魔物の発生する危険地帯で漁村もなかったけれど僕達が駆除も含めて魔物を狩って、魔粒子を除去した後に食用にできないか色々ためしてるんだ」
少年は厳重に封をした『包』を掲げてみせる。
「魔導の知識がなくても流れ作業で処理できる食材で上手くいったのはいまのところこれくらいなんだよね」
その『上手くいった』という言葉に少女たちは些かの納得もいっていなかった。
「腐ってるんじゃないの?」
「発酵食品だからね。町おこしの一環も兼ねてるから特徴的な匂いもそれほどデメリットじゃないよ。臭いものほど美味いって言うしね」
「そんな名産品領主の娘として認めませんからね」
「それにそんな……その、見た目の魚が美味しいのですか?」
少女騎士の言葉に、少し灰魔術師Eは考え込んだ後、蓼食う虫も好き好きと言うよね、と答えた。
「とりあえず、その反応じゃあ干し魚のスープは却下の方向で?」
「当たり前!」
「イヤ!」
「……」
「私も海魚を食べるのは初めてだが、遠慮します」
私は当然のこと、普段は自己主張の薄いナタリーや、先ほどまで憧憬の視線を送っていたはずのユーニアまでもが強い拒否反応をはっきりと示していた。
灰魔術師Eとしても予想していた反応らしく、「味の感想が欲しかったんだけど」と言いながらもその包をよけていた酒瓶の側においた。
次に中央に持ってきたのは三本の細長い包だ。珈琲の袋と同じ湿気がつかないように蝋を塗った紙で丁寧に包装されている。
「これも調味料の類だね」
一番左の包を手に取ると、包装紙をくるくると開けて中身を取り出す。
「これは……」
「……家畜の堆肥?」
「うんち!」
山育ちのヴィクトリアとユーニアには見慣れた堆肥肥料そっくりの三センチほどの太さの棒状になった緑褐色の塊。なぜユーニアが嬉しそうなのかは分からない。
「いやいやいや、ユーニア様。これはちゃんとした食品だから」
「さっきと違って臭いはないのね?」
私はクンクンと鼻を近づけても殆ど臭いはなかった。
「これにもさっきの魚は含まれてるんだけどね。乾燥してるから臭いはほとんどしないよ」
「この、色は何の色ですか?」
「魚の内蔵ですね。それを発酵させたものでいわゆる魚醤と言うやつです」
「ケチャップと同じようなものですか?」
「よくご存知で。そのとおりです」
「ケチャップって発酵食品なわけ?」
「こっちじゃトマトケチャップは発酵させたものを使うね」
ケチャップって発酵食品だったっけ? ま、いいや。
「これはスープのベースとして使ったり、肉や魚なんかの焼き物料理の薬味として使うと美味しいよ」
そして二番目、真ん中の包を開ける。
そこに入っていたのは黄色味を帯びた乳白色のスティック。
「ああ、これは乾燥チーズですね」
ヴィクトリアの言うとおり、こちらは携帯調味料としては極々一般的なものだ。
その名の通り乾燥状態でカチカチになったチーズの棒である。
そのまま食べるにはかなり硬いので使用方法は削って料理にふりかけて使う。
「これも自家製なんだけど、正直サウスギルベナの環境じゃあまり生産できないし味も良くないから売り物じゃないんだよね」
そう批評してから、最後の包を開ける。
「これは夕食の食材にはならないんだけど」
そこには縦五センチ、横一センチ強の、先ほどのチーズによく似た風合いのモノがいくつも並べられて入っていた。
「別の種類のチーズ?」
私は再び鼻を近づけてクンクンと匂いを嗅ぐ。そして顔をしかめっ面にさせた。
とは言え、干し魚の時と違い、臭かったわけではない。ウンザリしただけだ。
「これはあれね?」
「あれです」
同郷の二人で以心伝心。あれですよ。
灰魔術師E頷く。
「何ですか?」
尋ねてきたヴィクトリア、それに興味深げに覗き込んできたユーニアにも、二人の掌の上にそれぞれ一つずつその塊を載せた。
「どうぞ」
という言葉の意味を察して、それを二人は同時に一口齧った。
ヴィクトリアは思わず顔を顰め、ユーニアはウェっと吐き出しそうになったがかろうじて耐えた。
別に酷く刺激的な味がしたわけではないだろう。その反対だ。
ボソボソと粉っぽい薄味が口の中の水分を奪っていく。口当たりは最悪だし、味も離乳食のように殆どしない。
ユーニアは貰っていた白湯で口の中を洗い流すと、食いかけの欠片を灰魔術師Eに突き返した。
少し大人のヴィクトリアはなんとか水無しで口の中に入った分を食べたが、手に残った分に関してはそっと包の上に戻した。
そんな二人の様子をナタリーが不思議そうに見ている。ものが何なのか分かっている私はそうなるだろうなと冷めて見ていた。
「これはなんです?」
「ギルベナ特産大豆粉を使った携帯クッキーです」
その言葉を聞いて、ナタリーも顔を顰める。
ギルベナっ子にとって大豆粉製品は貧しい不味いの象徴だったからだ。
「砂糖とはいかなくても、甘味料が混ぜられるくらい生産できれば美味しくなるんですけどねー」
食べかけで戻された二つの塊を摘むと、少年灰魔術師はヒョイとそれを自分の口に放り込み、残りはまた包戻し、酒瓶と干し魚のある方においた。ボロボロと口元からクッキーの粉が落ちる。
「ふはえるふはあう……」
口の中が粉っぽく上手く言葉が発せない少年灰魔術師Eは一度立ち上がり、大人たちから白湯を貰ってそれを流し込んだ。そしてまた戻って来て座り込んだ。
「とりあえず、使えるのは……乾燥野菜と乾燥魚醤と乾燥チーズ……携帯大豆クッキーや干し魚も使いようによっちゃイケるかもしれないけど」
と、使える食材をまとめる。やはりスープの類が無難だという空気が固まる。
ヴィクトリアに料理の心得があるのかと聞いたが、野営食以上のことはわからないとの返事。つまり切ったり焼いたりがせいぜいだ。
意外だったのはユーニアで、勢い込んで兎や狐なら解体できると自慢? してきた。自分の失態を挽回したいのかもしれない。とはいえそんな食材があればそもそもこんなに寄り集まって相談なんぞしていないのだ。
「ああ」
とヴィクトリアが声を上げた。それから自分の腰を探り、帯剣用の革ベルトにつけられた小型のポーチをから包を取り出した。布製の巾着だ。
「郷里と言えば、これを持っていたのを思い出しました。栄養価が高いので保存食として寺院の騎士団では採用しているものです」
そう言って、ヴィクトリアが、見せてくれたのは小袋一杯に入った数ミリの種のような、黒茶色の物体だった。




