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別物語 ギルベナ物産展1





 私、クレオリア・オヴリガン。

 その公爵令嬢の無二の親友であるナタリー・アーガンソン。

 そのナタリーの従者であるはずの職人Vヴィー

 そのV(ヴィー)の弟である灰魔術師カオスマスターEイー

 その灰魔術師カオスマスターに命を助けられたもう一人の公爵令嬢ユーニア・A・ウェストミンスター。

 そのユーニアの護衛騎士であるヴィクトリア・マカリオス。


 五人の六歳児と一人の少女騎士が集っている。


 真ん中に座った灰魔術師Eの周りを取り囲むように、ある者は立ったまま、ある者は物珍しげにしゃがみ込み、ある者は我関せずに背を向けている。


 生来生前の性格からか、人の注目を集める事が苦手な灰魔術師カオスマスターは居心地の悪さを押さえ込みながら、自分の荷物から夕食に使えそうな食材を並べる。


 瓶が二本。赤茶けた紙に包まれていた。

 縦長の包が二つ。

 個別包装した細長い蝋紙包が三本。

 四角いレンガを一回り小さくしたくらいのこれまた蝋紙袋が三袋。

 薬包が数袋。


 あとは商隊が用意してくれた麺麭、炙った干し肉、塩スープがあるわね。


 これだけ。


 うーん、と灰魔術師は唸っている。

「塩スープが肉入り野菜スープになるくらいかな?」

 旅先だしね。それでも十分だ。


 そもそも。灰魔術師カオスマスターとして薬膳の知識もあるし、商人の丁稚として食堂見習いをしていたこともある(二月でクビになったらしいけど)が、特段器用なわけでも味覚が鋭いわけでもない。

 驚くような発想で安い食材をグルメな一品に変えれるかは甚だ疑問。


「ご馳走?」

 サウスギルベナの食糧事情を考えればご馳走とも言えるが、それはサウスギルでしか通じないとも言えはしないか。私の指摘に灰魔術師はう~んとまた唸った。


 一連の騒ぎでメインとなる食材が手に入らなかったのでしょうがないのだけど。この中でメインとなりそうなのは干し肉かパンかしら。


「ごっつり干し肉入りスープか、干し魚入りスープ。パン粥くらいどれがいい?」

「それって肉を塩スープにぶち込むか、魚をスープにぶち込むか、麺麭をスープにぶち込むかって話?」

「そういう話だね。女の子も多いし、パン粥で?」

「その前に食材は何があるのよ」

「ん? ここにあるものが全てですけど?」

「私たちにはその全てが一体何なのかわかんない」


 それももっともなだと答えるEは広げた食材を説明する。もしかしたら誰かいいアイディアを出してくれるかもとか考えているのだろうか。


 まずは一番大きなワイン瓶のような二本の包、その口の部分に指を載せた。


「これはお酒。うちの姫様の個人銘ブランドの試作品第一号『ドワーフ殺し』」


 ああ、確かにそんなもの開発するとか言ってたわね。


 個人銘ブランドというのは貴族が持っている自分専用品を作らせるためのもので、例えるならオーダーメイド専門店や工房などを個人で所有するようなものだ。


 本来は自分のためだけに作らせたのだったが、単品制作、個人消費分のみだとコストパフォマンスが著しく悪くなったり、せっかく造ったものなので自慢したいという思いもあったり。そういった理由で自分のために造った商品を市場に売り出すことがある。それを個人銘ブランドという。

 商品となるのは嗜好品が多いが、特に定めがあるわけではない。


 家単位で代々続くようなものであったなら家銘ラインブランド、個人で立ち上げたものなら個人銘ブランドとなる。

 店舗を設けている場合もあれば、季節の挨拶などの贈答品に利用したり仲間内や身内だけに配る場合もあるそうだ。


「クレオリア様はその歳で自分の個人銘ブランドをお持ちなのか?」

 ヴィクトリアは驚いたように説明されたことを疑問にする。


 常識的にはブランドは裕福な貴族の自慢、宣伝活動である。サウスギルベナの六歳児が自分で個人銘ブランドを立ち上げたというのは、随分と進歩的と言える。今更一般的な貴族の六歳児と一緒にされても、まさに今更ではあるのだけど。


「まぁね」

 と私は短く答えて、座り込んでいる二人の少年の頭に手を載せる。

従業員メンバーは今のところこの二人だけだし、販売権の取得もしてないんだけどね」

 そもそもサウスギルベナでは卸先はナタリーの実家であるアーガンソン商会しかない。今回の帝都上京では、個人銘ブランドの売り込みと登録も目的だ。私がやるわけではないのだけど。


「君は随分と多才なのだな」

 ヴィクトリアは魔術師であり、食材生産までやっている少年 灰魔術師カオスマスターに言葉を贈り、命を助けられたユーニアはキラキラとした目で少年を見つめる。


「いやぁ、それほどでも」

 照れる灰魔術師カオスマスター

「どれも中途半端なのよね」

 調子に乗りかけているEの代わりにオーナーが答えた。

「そういう謙遜は自分でするよ?」

 そうですか。


 少年灰魔術師は二本の瓶を持つと脇にどけた。


「これはかなり強いお酒で子供やお役目のある人にも飲ませられない。薬酒だしね。そもそも帝都で登録と宣伝に使用するものだからここで開ける訳にはいかないから除外と」


 次に手を伸ばしたのは、次に大きなレンガ大の三つの袋。

「これは珈琲豆、とはいえ元は大豆のなんちゃって珈琲だけどね」

「こーひー?」

「こーひ?」

 聞いたことがなかったのだろう、アクセントと長音の間違った返事をしたのはヴィクトリアとユーニア。ただしユーニアの方は単なるヴィクトリアの口真似臭い。


「いえぇーす。コッフィ」

 なぜかいい発音でサムズアップする友E。


「異民族の間では異界との交信なんかの儀式に使われる薬だね」

「……珈琲ってそんな怪しげな飲み物だったっけ?」

 と私との記憶の違いを指摘する。


「スフィ族が使うものは豆自体が違うからね。ちなみに僕が作ったのは単なる大豆を焙煎したもので飲んでも苦味で眠気がスッキリするだけ、姫様のイメージしてるのはコッチでしょ?」

「大体そうね。ちなみにもう焙煎してるの?」

 スフィ族がどこの部族かは知らないが、確かに私の記憶の中の珈琲はそんな飲み物だ。


「いやいや、今は生だね。焙煎って言ってもフライパンを使って素人仕事で煎るだけだし」

「風味が抜けないように?」

 私の言葉にEが頷いた。だが、私の常識より珈琲は珍しい飲み物だったようだ。


「そうなのですか? 私は飲んだことはないのでわかりませんが、どういう飲み物なんですか?」

 ヴィクトリアが物珍しそうに豆を眺めていた。


「苦くて黒い、仄かに酸っぱい、だけど深い味わいと香りを楽しむ飲み物よ」

「まるで人生のようですな。焙煎して一月以上も経てば風味も味も変質しちゃうからだけど、正直僕にはよく味の違いなんてよくわからないけどね」


「ダメじゃん」

 とツッコんだら、

「僕の舌は鉛の舌だから」

 平然とした答えが返ってきた。


「つまりお茶というわけですか。しかし三袋とは自分で飲むにしては多いし、人に売るには少なすぎませんか」


「三袋なのは豆の違いです。大豆、原林珈琲豆、魔導処理済み珈琲豆」

 逆に多種類過ぎない?


「焙煎? 黒い? 豆? よくわからない飲み物? ですね」

「異民族の間でも焙煎が始まったのはごく最近ですが、焙煎したものは香りが高いので豆さえ良いものを入手できれば売れ筋商品になると思うんですよね。帝国では珈琲自体まだ飲まれませんからとりあえず人に先んじて帝都の登録所に焙煎式珈琲を商品登録してしまおうかと思ってます」


 先程のお酒と同じ、商品サンプルってわけ?


「色々考えているんですね」

 過大評価かもよ。

「というわけで、これも同じ理由で使えないから、ねっと」

 三つの袋は二本の瓶の側に寄せられる。


 そして次にEが手を伸ばしたのは薬包束だったがこちらは開かずに自分の手元に引き寄せた。

「こっちは薬の類だから、説明不要で除外するね」


 次の包をあける。


 赤や緑、黄色の野菜が萎びて並んでいた。乾燥野菜だ。なんだろう乾燥野菜ってある種の物悲しさを感じるのは私だけか?

 乾燥野菜はどれも一般的なもので、山間育ちであるユーニアやヴィクトリアには馴染んだものらしく驚きはなかった。


「これは僕が個人で持ってきたものだね。野宿することになったら野菜が足りないと思ったから。でもメインにはならないよね」


 乾燥野菜の包は開けたままにして、すぐに次の包に手を伸ばす。


「メインになるとすると……この干し魚くらいかな?」


 中から出てきたのは真っ黒に変色した”ひらき”になった魚のミイラだった。

 頭部はついたままで、深海魚のように醜悪な顔をしている。

「魔物の日干し?」


 その醜い姿に顔をしかめながらもよく見るために顔を近づけた私達女子が、次の瞬間一斉にその場から逃げ出したのだった。






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