別物語 雷の美姫と山峡の秘姫2
「じゃあ、ユーニアは西太王ガルバン侯爵の援助で帝都の『学園』に向かっていたのね」
私の問いかけにユーニアは鼻をグスグス言わせながらも頷く。
「で、ヴィクトリアはその側仕えで、ガルバン公の用意した船で大運河を帝都に向かっているところ、ユーニアがはしゃぎ過ぎて落ちましたとさ」
アホくさ!
豚野郎と評判の悪いカルバン公に『買われて』帝都の『学園』に入学するのだから、てっきりなにか巨大な陰謀でもあったのかと思ったが、単なる事故だったらしい。
ユーニアが大運河に落ちた後、ヴィクトリアも飛び込んだらしい。しかし水面では追いつけないと思ったヴィクトリアはとりあえず岸にあがり、そのまま川下へ走って追いかけたそうだ。
落ちた地点はここから距離的には数キロ先で、船が港湾施設につけられるのは帝都までないそうで、恐らくヴィクトリア以外の捜索隊はボートを降ろしてやってくるだろうということだった。
となれば、もう小一時間もしないうちにやってくるかもしれない。
「なにぶん姫様は生まれてこの方寺院から出たこともなかったもので、船に乗るのが物珍しかったのでしょう」
「そんなのは私だって同じだけどね。そもそも主人を船から落としちゃうなんて護衛騎士失格よ」
「誠に申し訳ありません!」
また土下座を繰り返す美少女騎士。
その様子に今まで泣きべそを書いていた少女が面を上げる。
「あ、あのヴィクはわるくない、んです。わたしが……」
「もちろん一番迂闊なのは貴女よユーニア。けれどきっと責任を取らされるのはヴィクトリアでしょうね。貴女が彼女を大事に思うなら、自身で責任も取れないような行動はとるべきでないわね」
ユーニアは一旦上げた面を私の視線に耐えきれずに俯かせると、またグスグスと泣き出した。
隣に座っていたナタリーがヨシヨシとその頭を撫でている。
クッ! ナタリーなんていいコなの!? あとそんな非難がましい目でこちらを見ないで欲しい。私だって言いたくはないが、ことの結果が結果だけに一言言って置かなければいけないことなのよ。
これ以上ユーニアに説教していたら、ナタリーから嫌われそうだと思ったら、従者Eが助け舟をだしてくれた。ナイス。
「ハイハイ、事情がわかったからさ。とりあえず迎えの人が来るまでに食事でも取ろうよ。みんな体が冷えてるだろうから温かいものをご馳走するよ」
パンパンと柏手を打って、空気を変えるように一歩前に進み、皆の視界に入ってきた。
私もそれに異存はない。
ユーニアの面倒はヴィクトリアとナタリーにまかせて私はその場を離れる。
そして警護隊長と灰魔術師Eの二人を呼び寄せた。
「どう思う?」
一通りの事情がわかったところで、そっと二人に尋ねる。
「何か話していない事情はあるでしょう」
その警護隊長の言葉に灰魔術師Eも頷く。
「船から落ちたっていうのは間違いないと思うよ。西太王の旗が立っていた船がお昼頃僕らを追い越したのを見たからね」
「そうね」
大運河のバゼル以北に侵入できる船は極々限られている。私達がこの街道を北上している時に見かけたのは一隻だけ。珍しかったから覚えている。そうでなくともEがそう言っているのなら間違いない。この子の記憶力『だけ』は私を上回る。ぶっちゃけ『ズル』だけどね。
「でも単純な話、はしゃいでたからって落ちるかねって思うよね?」
Eの言は最もだ。嘘だとも証明できないが。
「けれど嘘をついているようにも思えないわよ」
ヴィクトリアはともかく、六歳児であるユーニアがそんな腹芸をできるとも思えない。私達二人のようなこまっしゃくれた六歳児は特別製だ。
「落ちた原因がユーニア様がはしゃいでいたからって言っても、それは彼女達がそう思っていただけかもしれないよ?」
その場にいなかった私達がいくら推測しても無駄な気がする。
「とりあえず部外者の我々は余計なことに首を突っ込まないほうがいいでしょう。我々には全く関係の無いことですからね」
警護隊長が大人の対応を見せる。私としても異存はない。私達は頷き合って、厄介事にはかかわらないことにした。ここで積極的に関われば何か冒険譚でも生まれるのかもしれないけどさ。
「さて、それじゃあ迎えが来るまでご飯でも食べましょう。特にユーニアは何か温かいものを飲ませて上げないとね」
お風呂もないので体を温めるには焚き火にあたるか飲食しかない。
幸いそれくらいの時間は取れるだろう。捜索隊が今すぐ来たところで体が冷え切ったユーニアを今すぐ出発させるわけにも行くまい。服も乾いていないし。
とりあえずの処置として、服を着替えさせ、毛布で包み、焚火にあたらせ、白湯を飲ませた。
とは言え折角の縁だ。厄介事に関わる気はないと言っても夕食と寝床くらい提供しても何の問題もないしね。
迎えを呼ぶすべは、ヴィクトリアが持っていた狼煙を先ほどすでに上げていた。色付きの煙が立ち上っていたが、もうすぐ陽も暮れる。そう思って尋ねると、魔術信号を発する成分が含まれているらしく、夜間でも相手に受信方法があれば狼煙の位置を見つけることができるらしい。
一応『駅』にもウェストミンスター公爵家の紋入りの目印をつけていた。捜索隊がやって来ればそれに気がつくだろう。川面を捜索するボートに乗っている面々は離れているので分からなかもしれないが、どのみち見つかるのも時間の問題だ。ヴィクトリアの方から捜索隊のところまで走っていくという案は使えない。ユーニアを一人にするわけにはいかないからだ。警護上の問題である。捜索隊が来なければ明日の朝にでも出発すればいい。どちらにせよ私たちには関係のない話だ。
「さて、食事は……もうすぐできるけど」
おおよそ旅団で用意できるのは、大人たちが造ってくれた保存食を温めただけのものだ。
見たところ、麺麭と塩スープ。それに干し肉の炙ったもの。
私達だけならこれでも不満はないけど、お客様に振る舞うものとしてはどうだろう?
私は友人Eを見た。
こういう時の便利な友人それがEだ。
本人もその気らしい。
「で、ご馳走っていうのは何?」
ちなみに私は味見役専門です。