別物語 雷の美姫と山峡の秘姫1
「申し訳ありませんでした!!」
お、お~。
私達は若干引いていた。
ザ・DO・GE・ZA。
引いているのは私とアーガンソン商会の面々。
土下座しているのは栗色の髪をした女剣士。
清廉、凛とした顔立ちの少女剣士に土下座されるというのは、意外に痛々しいものがある。
自分の主人の命の恩人でありながら、私が誰か知らなかったとは言え公爵家の令嬢に切りにかかったとなれば、謝り倒すのも分からなくはない。相手によれば謝って済む場合じゃないからね。
とは言え、私は全く気にもしていなかったのだが。かと言って私が勝手に許すわけにもいかないし。
私はこの旅団の責任者。商隊の護衛隊長である男に視線を送る。
公爵令嬢である私の表情から、先ほどの争いに対して含むものがないとわかったのだろう。護衛隊長は頷いた。
「事情は分かったから面を上げなさい。過剰な謝罪は謝罪ではないわ」
貴族は私しかいないので私が代表して発言した。
細かな尋問などは既に護衛隊長達が済ませてくれている。
栗色の女剣士(大人っぽい顔立ちだけれどまだ少女の年齢)の名前はヴィクトリア・マカリオス。
身分は私が推察したとおり騎士。男爵家。大地母神教団の神殿騎士だ。
所属は中央地方北東部の山村、ウェストキング寺院に所属している。
北東部なのに西なのは、現在の行政区画だからそう思うのだろう。東方から見れば西になる。
「ウェストキング寺院?」
聞いたことはなかった。ヴィクトリアの言うところ十国戦国時代に建てられた1000年以上の歴史がある寺で、帝国の文化遺産に指定されている有名な寺院らしいが、私達の誰も知らなかった。
地理情報なんて自分に関係のある場所以外は知らないのが普通だから、当たり前の話だが。
マカリオスはウェストキング寺院を守護する家。
そしてその寺院を統治するウェストミンスター家が彼女の主人に当たる。
「で、ユーニアの容態はどう」
恐縮しきりの老け顔剣士ヴィクトリアから毛布にくるまる少女に目を移した。
今は大きな毛布で包まれているが、その下はナタリーの持ってきていた服を着ている。彼女の着ていた民族衣装みたいな服はずぶ濡れだったので窯の前で干されていた。
毛布から突き出ている髪は黒に近い茶色なのだが、光の加減で灰にも見える。おそらくは何かしらの魔導的素質があるのだろう。
顔立ちは瞳が黒で、とても大きい。眼窩や鼻筋は凹凸が少なく、肌は白人種と有色人種の間。微妙な白さ。あまり帝国民では見かけない顔立ちだ。
あまり一般的でないと言っても顔の作りだけでいうなら美少女と言えなくもない。そう言うには稚すぎる気もする。あと私ほどではない。
幼い少女は六歳。私達と同じ年齢。あれから気付け薬で目を覚まし、今はヴィクトリアと同様シュンとしてさらに泣きべそをかきながらしたを向いていた。
自分のおてんばが原因で皆に迷惑をかけ、あまつさえ極寒の川に流されたのだ。同情の余地はあるまいが。
「体が冷え切っているけど、冷水で溺れたにしてはピンピンしている」
というのが旅団付きの医術者と偽医者Eの共通見解だ。
彼女の名前はユーニア・A・ウェストミンスター。
「しかし、ウェストミンスター公爵家か」
その私の言葉に、その場にいる殆どの者が渋い顔をした。
予想外の大物だったからだ。
ウエストキング寺院の名前は知らなくても、『学園』に入学しようとする者ならウェストミンスターの名前は誰でも知っている。
帝国の公爵家は三代皇帝までの誰かの血をひいた家。
例えば私のオヴリガン公爵家は始皇帝であるガッテミウスの流れを汲む。
ウェストミンスターの氏は三代目皇帝の名前だ。
三代目皇帝の氏をそのまま引き継いでいることからも帝国貴族の中で最も古い家系であることがわかる。
そしてウェストミンスターが有名な理由は『三代皇帝の乱』。帝国初期最大の内乱。
ウェストミンスターはその内乱の首謀者だからだ。敗残者の家。以来帝都から遠く離れた山の中に千年間も幽閉されているというわけだ。
オヴリガン家だって『流刑皇子』の異名を持つ初代様が臣籍降下して創られた家だから偉そうなことは言えないのだが。それにウェストミンスター公爵家とは縁がないわけではない。
私達オヴリガンと300年間の深い付き合いのある地元の貴族家。シクロップ男爵家という貴族家があるが、そのシクロップ家が没落して、私の地元サウスギルベナに落ち延びることになったのは半分はウエストミンスター皇帝のせいだからだ。
シプロック男爵家は工人十二家に指定された鍛冶の名門だ。始皇帝の武具。国宝・雷神剣を打ったのもシクロップ家のご先祖様である。だが件の内乱で敗者側にいたシクロップ家は没落。その七百年後、最後の賭けに出て、当時皇帝の座を争っていた初代オヴリガン公爵を支援した。
結局初代様は政争に負けて、『流刑皇子』の汚名を着せられてギルベナ地方に封じられた。
シクロップ家も初代様に付いていき、それ以来三百年間、帝国最南端の辺境でくすぶることになった運の無さだ。刀剣鍛冶師だったが、今では『シクロップ家製調理道具』の方が有名になっている。
ウェストミンスター公爵家に話を戻すが、ウェストミンスター家は公爵家でありながら領地というものを持たない。
ヴィクトリアの話から推察するに、正確には村を一つ治めているが、その統治権は地方領主辺りからあくまで借りているものになるのだろう。ウェストキング寺院の自治が認められており、その周りに派生している小さな村の統治権を実務上公爵家が担っているに過ぎないようだ。
冷や飯食いの代表のようなウェストミンスター公爵家だが、政治上の意味は大きい。
三代皇帝の氏をそのまま受け継いでいる公爵家は、始皇帝ガッテミウスの氏が今上帝に引き継がれることになっていることを考えると、たったの二家しかない。
皇帝に選定される資格を持つ五大家ではないが、その家名と血の希少性はそれ以上なのだ。
内乱の負け組だったウェストミンスター家が生き残るには一族の女たちを『道具』として活用していくほかなかった。
そして、ユーニア・A・ウェストミンスターもその例に漏れない。