別物語 雷の美姫と炎狼の剣士2
「貴女こそ何者よ」
お互いの距離は、Eと何だか知らない女の子が倒れている点を結ぶと三角形を作る。私のほうが近いが、Eを助けるとかができる余裕が稼げる距離ではない。
「私はそっちの男の子の連れよ」
言いながら私は倒れているEと女の子。それから栗毛の女剣士を見て即座に関係性を、何が起こったのか察した。どう考えたってEが幼い女の子に襲いかかった……わけがない。先程見た魔物と水柱を見れば溺れていた女の子を助けたEが魔力切れを起こして昏倒。そこに女の子の護衛らしい女剣士が現れた。というところだろう。
私達はお互いにお互いの守るべき者を、守れない位置で睨み合っているわけだ。
話せば分かるのだろうが、さてさて、先手を、決め手を極めるか。
「それでお互いに守るべきものがあると思うのだけど、とりあえず剣を捨ててくれない?」
まず武装解除をお願いしてみる。
「馬鹿を言わないで!」
それまでなかったものが溢れる。殺気ではないが、敵意というには十分だ。
まぁ、それはそうだ。分かってたことだけどね。
じゃあ、なんでそんなこと言ったって思うでしょう?
それは簡単だ。女剣士が私の言葉に反発を覚えて従わなかったように、私もこの栗毛の女剣士を信用していない。
街角でぶつかりそうになった相手に道を譲るのとはわけが違うのだ。
一瞬の手合わせで見せたお互いの攻撃力。その危険性を考えれば当然の態度でしょう?
私は刃のついていない模擬刀だが、相手からすれば不可思議な術を使い、それが十分な脅威である認識はこの女剣士ならしているはずだ。
それにお互い同じ状況に置かれていても、同じ条件ではないのよね。
「あら? 急がなくていいのかしら?」
私は笑みを浮かべてのんびりと尋ねる。女剣士の目標であると思われる女の子を顎で指し示しながら。
「貴女のお連れはすぐに手当しないと不味いんじゃない?」
女の子は気を失っている。低体温症その他詳しい状況は分からない。Eが呑気に倒れているところを見ると処置は終わっている可能性は高い。が、女剣士がそれに気づく理由はない。焦ってくれればいいんだけど。
「それはそちらも同じことです」
女剣士の言葉に私は喉を震わせて忍び笑いを漏らす。
「馬鹿ねぇ、うちの子は魔力切れで昏倒しているだけ。そちらは北方の冷水に溺れていた。それに丁稚の雇われ人でしかないうちの子と、貴女の御主人様らしい女の子じゃ命の価値はまるで違うと思うけれどね?」
もちろんこれは駆け引き。別にEの命がどうでもいいとか思ってないわよ? あら? そう言えばこの子名前はなんだったっけ?
女剣士はEと女の子の方に視線をやってその端正な白い顔を歪める。
私の言ったことがそのとおりだとわかったのだろう。
Eの凡人丸出しの顔と超絶美形なお育ち抜群モロ分かりの私のご尊顔を比べれば当然の判断でしょ。
「……ひ……め……」
モゾモゾとEが蠢いたのがわかった。恐らく魔力切れから回復し始めたのだろう。
私はそれを聞きつけ、同じようにその呻きを聞いたはずの女剣士にドヤ顔で笑ってみせる。
「あらまぁ、こちらの方はもうすぐ立ち上がれるわね。そうなると『二対一』になるかしら?」
あえて『二体一』の部分を強調してみせる。
「それならば、あなたを一刀で切って棄てればいいだけの話です。」
敵意だったものが殺気に変わる。殺意ではないところがお育ちの良さか。
散々煽ったかいがあったというものね。
私達はお互いに対峙し合う。
女剣士も私も中段に構えているが、女剣士の切っ先は私の顔に向けられ、両手持ち。
私の構えは切っ先を相手のお腹あたり、片手持ちだ。
見たところ瞬発力もありそうだし、魔法剣士となれば、一撃必殺一刀両断できると考えるのも当然か。そんなこと私相手にできっこないと私がわかっているのも当然だけどね。
しかし不要なリスクを負う必要はないわね。もう十分だ。
私は張り詰めた空気をこちらから抜いてみせる。
「わかったわ」
そう言ってから切っ先を相手から外して、敵意がないことを示すように腕を上に挙げて剣を掲げてみせた。
「……どういうつもりです?」
自分で喧嘩をふっかけておきながら、突然降参したような態度をとる私に女剣士がありありと警戒しているのがわかった。
「何って、貴女が剣を捨てないなら、私が先に捨ててあげると言っているのよ」
私の言葉を相変わらず女剣士がまったく信じていないのがわかったが、私は行動で自分の言葉を証明してみせた。
つまり剣を捨てた。
天高く。
剣は放物線を描いて、山なりに登り、つまり山なりに落ちる。
その落ちる先には、落ちる剣の切っ先に女の子が横たわっていた。
「!!!」
女剣士もそれがわかったのだろう。言葉も発せずに、思考もできず、駆け出す。まさに飛ぶ様に、だ。
だが、女の子を救うべく踏み出した、その一歩目でそれは失敗する。
女剣士は次の瞬間湿った土に叩きつけられていた。
「!?」
あまりの早業に自分がどうなったのかもわかるまい。
「お見事」
私は『その人物』に向かって賞賛する。
「さすが、アーガンソン商会の警備部幹部ね」
『その人物』は女剣士の腕を後ろに極め、組み伏せていた。体重をかけて背中に乗っており、女剣士は四肢を僅かに上下させることしかできまい。そして私の言ったとおり、『その人物』というのは私達が一緒にここまで旅してきた商隊の、先ほどまで『駅』にいたアーガンソン商会の護衛隊長だった。
一連の挑発行為も、彼がこちらに気配を消して向かっていたことに気がついていたからだ。
遮蔽物のない湿地帯を、音も気配も視認もさせずに背後から近づくなど、護衛隊長というより一流の暗殺者だが、あの『人外』集団アーガンソン商会の一員であるから私は驚きもしない。
「姫!!」
組み敷かれた女剣士が叫ぶ。自身の置かれている状況よりまず女の子の身の安全を気にしていた。
姫? ということは私と同じく公爵家の令嬢か?
そんな疑問も見せず、女剣士の言葉によって、剣が女の子に向かっている途中であることを初めて気がついたように、そんなわけがないが、
「ああ、ごめんなさい」
と、模擬刀。刃がついていないとは言え切っ先は鋭い『基本剣』に向けて掌を向けた。
途端に空中で長剣が停止する。それからまるで意思を持っているかのように重力を無視したように再び空に揚がり、停止した後、燕の降下のように私の手の中に滑り落ちて来て収まった。
金属の長剣を操ったのだから重力操作か磁力操作の様に思われるかもしれない。
けれど種明かしはもっと簡単。先ほど女剣士を吹き飛ばした『風圧』と同じ『送風』の応用に過ぎない。太陽神の恩恵持ちである私にとっては造作もない。
「ごほごほっ」
Eがようやく体を起こした。いや、様子を見れば少し前から、多分呻き蠢いた時からもう動けるようになっていたのだろう。
「やれやれね。とりあえず詳しい事情を話してもらうわ」
私は二人に、女剣士と私の魔術師であるEにそう告げてから、まだ気を失ったままの女の子の側によると彼女を抱き上げた。
その側にいたEにニッコリと微笑む。
「ああ、それから黙って出かけた罰として後でビンタね」
Eがギョッとする。
「……今何とおっしゃったのでしょうか?」
「往復ビンタね」
「増えた!?」
私はごちゃごちゃ言ってるEを無視して今度は組み敷かれた女剣士顔を向ける。
「貴女もそこの『駅』まで付いて来なさい」
そう言ってナタリー達がいる『駅』へと歩き出した。
女剣士は了解したとも、抗議の声もあげなかった。
何を言ったところで女の子は私が抱きかかえているのだし、女剣士の方は護衛隊長によって強制的に引っ立てられるのだけどね。