序 景色は色々に色づいている
なぜ、世界はこんなにカラフルなんだろう。
色なんて無くたって、きっと誰も困らないだろうに。
なんだってこんなに無駄遣いをしてまで世界に色をつけたのだろう。
別にそんなに美しい善で、全なる世界でもないだろうに。
なぜ、世界はモノクロじゃないんだろう。
科学的に言うなら光の波長がどうとか、
感傷的に言うなら色は言葉の一つなんだとか、
なんつって、そんなことは知ったことではないが、
一つ言うなら、
神様もなかなかニクイことをするじゃないか。
褒めてあげてもいいんじゃない?
いや、マジで。
零峰の山脈の白と、
際限のない空の青が滲むようにあやふやな境界線。
その天の下に広がる巨大な街。
帝都。
大陸最大国家に相応しい大陸最大都市。
どこからも視線を上げれば目に入る宮廷が見下ろす街。そこには大陸中からの富が集まる。
いくら自由都市が大陸間貿易で発展しようとも、千年国家と同じ歳月を積み重ねてきたこの都市とは比べるまでもない。
帝都は大きく分けて、大門によって隔てられた、
内壁街と郭外街、
で成り立っている。
帝都は建物も、物の種類も、人の種類も、どれをとっても巨大で膨大で、明らかに過剰だ。
だがその余剰があって初めて文化は花開く。
内壁街はその余剰を大門という隔壁で濾過し、美しい文明の果実だけでなりたった街だ。
内壁街の第一印象は、白。
内壁にもし足を踏み入れたならば、どこまでも長い通りに綺麗に並んだ白い屋敷とワンポイントのように各貴族家の紋章旗が掲げられて、風にはためき歴史の威風を誇っているだろう。
法令によって、建物の高さから材質まで事細かく決められ、独裁という政権下での都市計画は千年の時を経ても、整然とした街並みを失わせていない。
反対に豊かさで溢れかえり雑多な賑を見せるのが郭外街だ。
この場所は万色。
北の都市。絶対凍土の山脈の麓の都市であるにもかかわらず、中央卸市場にはあらゆる食材が並ぶ。
それらはすぐにこの帝都に点在する数もわからないほどの食堂や、商店の店先にあっと言う間に並んでしまう。そこにはこの都市の底力を見せつけられるようだ。
店が開店と同時に、看板が掲げられる。様々に特徴的な形と色とりどりの配色の看板。
まるで扱われている商品と同じように、ありとあらゆる色と形があるようだ。
看板という情報、広告媒体、それ自体は帝国よりも歴史は古く、何千年も前から社会の成り立ちとほぼ同時期に使われるようになった記号である。
しかしこれほど彩色に富んだ看板が現れたのは、この帝都でもごく最近の流行だ。もちろんごく最近と言っても千年という年月から考えてということだが。
この帝都に来たならば、おそらく上京したばかりの者達はまず、港町から見える霊峰の景色に畏怖を抱き、次に帝都の外壁から眺める宮廷を見上げて畏敬の念を持つだろう。そしてほとんどの者達は内壁の内側に入ることは出来ないが、郭外街の通りに入り、並ぶ看板と、商品が並べられた光景を見て心躍らせるだろう。
焼けたパンの香ばしい匂い。屋台から匂う肉やスープ。
珍しいガラス張りの商店の前に行けば、貴金属や装飾品を見ることが出きるかもしれない。
花の香もする。噴水の音もする。人が笑っている。
まるでお祭りでも行われているかのようだ。お金がなくともそれらの景色を眺めるだけでも心が満たされるだろう。
さて、もしその上京した者が、少しばかり天邪鬼であるか、無感動な質であったならば、
そしてさらに無知でその知識だけないと仮定したなら、
そんな光景の中にあることに気がつくかもしれない。
無関心ではやはり気が付きはしないだろう。
この世のすべての色が揃っているかのような市場で、商店街で、その看板の中で、唯一存在しない色がある。正確には唯一のではなく二色と言ってもいい。
それは何かわかるだろうか。
食材の中ではそれほど珍しい色ではないので、普通にある。
無いと言っているが、実は大体の店にも一つはある。
内壁街の貴族の邸宅に掲げられている紋章旗の中にもその色はいくつか見ることができる。
でも郭外街では、商店の店舗自体にはその色は使われていない。
売られている衣類にも使われてはない。
これほど色とりどりの看板の中であっても絶対にその色は使われることはない。
さて、それはなんだろう。
その色は、黄色。
黄色だけは、この郭外街の何処に言ってもほぼ見ることは出来ない。
どの看板にも絶対に使われてはいない。
しかし、どの商店の中にもおそらく、 実は大体の店にも一つはあるというのは、もちろん黄色に光るもの、つまり金貨のことだ。郭外街といえど帝都で店を構えるかぎり、その店の金庫に金貨が一枚もないところなどないだろう。
黄色と金色。
この色を使っていいのは、始皇帝から数え三代までの血脈にある者のみ。
つまりは帝室と、公爵家のみである。その公爵家も自由使用することが許されているわけではない。紋章における配色の分量まで事細かに法で定められている。
どんなに力があろうとも、どんなに金があろうとも、どんな英雄であろうが、聖者であろうが、血によってのみ許された色。それが黄色、つまりは黄金色。
それはもちろん、ここまで言えばお分かりだろうが、皇帝を表す色だからだ。
それはどんなに能力があろうが関係がなく、血という伝統によってのみ許された色だ。
例えば学園と学院がある。
この国の民が学園と、学院と、ただそれだけで呼ぶ時には、それはこの帝都の内壁にある学校のことを言う。
名実ともに帝国最高の教育機関のことだ。
その名門校には一つの伝統がある。
極めて生徒自治の強い六歳から十三歳までが通う学園と、十四歳から十五歳までが通う学院。そこにおいて、色とりどりの分野その頂点に君臨する七名に送られる『色七』と呼ばれる称号。
白、黒、赤、青、緑、紫、薄紅。
そうここでも金を使うことは許されない。
その設立目的から帝国政府の模擬運営と言われる名門校でさえ、その色を使うことは許されていないのだ。
ただし、内壁街であれば、公爵家の邸宅の前を通ることがあれば、見かける色でもある。そしてこれは人が人為的に作った法であることも間違いはない。
先ほどの通り、いくらその使用を禁止しようが、自然の中にあるものまで取り除くことは出来ない。
金貨もそうだし、果実もそうだ。
そして、人の髪の色も。
金髪。
それもまた、そういう人が生まれるのも、止められるわけがない。