4 探る私。曇る心。
「ありがとうございました!」
「はーい、お疲れ様~」
今日の部活が終わった。私はぐーと背伸びをする。
「ん~……!」
「いやー、今日も疲れたね」
「だねー、優衣ちゃん」
ラケットで手遊びしながら優衣ちゃんがこっちにやって来た。
「あ、私たちの班は来週か……」
「そうだよ」
「今日の気分だった!」
「ああー、あるある。なんかそういう感じの時あるよね」
「でしょー」
班というのは、この女子テニス部の片付け当番のことだ。班は全部で六班あり、私と優衣ちゃんは同じ班。当番は一週間交代だ。
この六班というなんとも言えない数のせいで勘違いすることはこの部活ではよくある話だ。
軽くクールダウンのストレッチをした後、二人で部室に向かった。
完全下校の予鈴が鳴ると同時に着替えを終わらせる。そして、自転車に飛び乗り、私と優衣ちゃんは校門を出た。
部活終わりからのこの流れは改善すべきだよ、絶対……。
「ほんと、このギリギリのスケジュールどうにかしてほしいよね。忙しいったらありゃしない」
「あと五分早くきり上げたらいいのにね」
「あー、それはたぶん無理だなー。あのコーチが許すとは思えない」
「あ、やっぱりー」
「うーん、どこか短縮出来る時間……」
「んー、着替え中のお喋りとか……」
「なにいってるの香織、着替えにお喋りは大切よ!重要よ!インポートよ!」
「優衣ちゃん、インポートじゃなくて、インポータントじゃない?インポートじゃ、輸入じゃん。何、輸入するのさ」
「な、何ってそりゃあ……………、コーチ……とか……?」
「コーチは輸入できないよー」
「い、いや!外国人コーチの可能性も……!!」
「はいはい」
自転車の速度を少しあげて前へ出る。風をきるのが心地いい。
それから、少し静かだった。話のネタがないのもあるが、私はあのことについて考えていた。
「ねぇ、優衣ちゃん」
「ん?どうしたー、香織?」
ぐっとハンドルを握る力が強くなるのを感じながら、話を切り出す。
「優衣ちゃんってさ、好きな人できた?」
声が震えないように頑張る。笑顔でさりげなくを大切に……。
「またその話~。前も聞かれたけどいないよー」
「そっかー」
ここまでは前と同じだ。
「ならさ、例えばどんなタイプが好き?」
「タイプねぇー、うーん…………」
優衣ちゃんは少し上を見ながら考え始めた。
たぶん、この質問は初めてだったはずだ。
「そーだねー、うーん、強いていうならー……」
「いうならー……?」
「香織みたいな女の子かな!!」
「あ、危ないよー」
ギリギリまで近づいてくる優衣ちゃん。それを避けようとしたためふらふらと走行する。
「なら、男の子なら?」
「そうだねー、仲いい人なら、春かなー。なんだかんだで、腐れ縁だよね、私たちと」
「腐れ縁って……。まぁ、確かにそうかもね。そっかー、ハルくんかぁ……」
「お、どうした~?もしかして香織、春のこと……!」
「ち、違うよー」
「怪しいなぁ、このこのー」
チリンチリン、とベルを鳴らす優衣ちゃん。
でも、この収穫はなかなか――。
「もう……。あ、それなら他の人は?」
「他の人、というと?」
「ハルくん以外、それと仲いい人以外ならってこと」
「そだねぇ……。あ、あの人かな」
「誰々?」
「水原十流」
「……誰?」
「えー!香織知らないの!?」
優衣ちゃんがビックリ仰天の顔でこちらを見てきた。
え、そんなに有名人なの??
「ほら、あのー、サッカー部で眼鏡のスラッと背の高い――」
水原君について少し教えてもらった。しかし、やはりピンとくる人物は思い浮かばなかった。
眼鏡で背の高いというワードで、あの階段の彼が一瞬過ったが、気のせいだろう。
「もー……。あ、そうだ春に聞いたら一番早いよ。同じサッカー部だし」
「うん、分かった。ありがとう」
「いえいえ~。で、私ばっかりズルいから~、……香織も教えろー!!」
「私は優衣ちゃんが好きだよー」
「私もだよー!」
などと、少しおバカな会話で盛り上がったのちに私たちはそれぞれの帰路に別れた。
こんなふうに、ハルくんの前で振る舞えたらいいのになぁ……。
こんな自分はダメだと分かっていても変われない。
やはり、私は馬鹿なのだと痛感してしまう。
私って本当に……。
先が見えにくい道を私は自転車で走り抜けていく。
今日も空には朧月が浮かんでいた。




