1 始まりの夜。変わる関係。
――十二月二十五日——
クリスマス
街の小さな丘の上。街を一望できる私のお気に入りの場所。
そこにあるベンチに、私と彼は座っていた。
うっすらと雪が降っている。少し息が荒い。
ハァーと息をゆっくりと吐く。それでも心は落ち着かない。
彼は遠くを見つめている。街を見ているのか、何か考え事をしているのか。今の私には分からない。
私は手袋を外して自分の手を見てみる。冷たい空気が肌に刺さる。
ほんのりと暖かい自分の手。手を合わせて、また息を吐く。
彼とは幼稚園からの幼馴染み。クリスマスなのだから家にいるのは味気ないよねと声を掛けて、二人でここに来た。
二人してただ街を眺める。街の光はキラキラと輝き、雪がそれを淡くする。こんな時間は嫌いじゃない。隣に彼がいるだけで心がふわふわする。
「なぁ、香織」
「ん?なに?ハル君」
いきなり声を掛けられてびっくりしたが、恥ずかしいのでばれないように平穏を装う私。
「いや、……やっぱりなんでもない」
止めるぐらいなら声かけないでよ……。
「期待しちゃうじゃない……」
そっぽを向いてポツリと言葉を漏らす。
ハル君はまだ遠くを見つめている。
ハル君が隣にいるだけなのに、ドキドキする。
本当は言うつもりでいた。ここに来るまでに何度も覚悟した。
しかし、結果はこの様だ。たった一言ですべてが伝わる。でも、その次の彼の一言によってすべてが変わる。
彼が断れば、きっとすべてが崩れ去る。今の関係も、この距離感も……。
でも、今のままじゃダメ。それも分かってる。
それでも、一歩が踏み出せない。
こんな弱い自分が嫌だ。
いろいろと考えていると、少しだけ涙が出てきた。
「香織?」
ハル君が私に優しく声をかけてくれる。何年も聞いている声。安心する声。
「ごめんね。大丈夫、ちょっとゴミが、ね」
指で涙を拭いながらハルくんの顔を見る。さっきまでの横顔とは違う感情が読み取れる。
「本当に大丈夫か?」
「えっ?あっ……ハ、ハル君!?」
ハル君が右手を私の頬に、左手を私が涙を拭った手に重ねる。
「じっとして……」
そんなこと言われなくても私は動けない。
手と手が重なり合い、ハル君の温かさを直接感じる。
「あれ、ゴミないぞ?ま、いいか。気をつけろよ」
「あ、ありがとう……」
ハルくんは私から離れて、元の位置に戻る。戻る際にポンと軽く頭に手を置かれた。少しドキッとした。
先程までハルくんが触れていた頬が、少し温かく感じる。
やっぱり、私、言おう……。この思いを。
もしかしたら、この関係が終わるかも知れない。
もしかしたら、ハル君は私のことを嫌いになるかもしれない。
でも、この思いに嘘を吐きたくない。
――だから、私は踏み出す。
「あ、あのね。ハルくん……」
少し声が震えている。
「わ、私。ずっと昔からのハルくんに言いたいことがあったの……」
息を吸い、言う。
「私、ハルくんのこと--」
「あのさ!香織!」
「…………え?」
ハル君が強い声で割り込んできた。
とても強い意志。私と同じく決心した思いのある声。
ハル君を見ると、じっと私を見つめている。
―――怖い。
私の気持ちに気付いて先に断られるのだろうか。
ギュッと目を閉じ、手を握る。
しかし、ハル君は予想外なことを口にした。
「相談にのってくれないか」
「……え?」
目を開けてハル君を見る。
ハルくんの顔は真剣そのものだった。
私は自分の決心を挫かれ、今の状況に頭が追い付いてこない。
「……そう、だん?」
「うん、相談。いいか?」
「え、う、うん。いいけど……」
「けど?」
「ううん。なんでもない」
どうしようか迷ったけど、ハルくんの真剣さに負けてしまった。
「それで、相談って?」
「そ、それが…………」
ハルくんは頬をかきながら、少し照れながら言い出す。
「俺、好きな人が出来たんだ!相談に乗ってくれ!いや、下さい!」
◇ ◇ ◇
ピピピ、ピピピピピピピピピ…………カチッ。
「……う、う~ん」
目覚ましを止め、まだ気だるい身体をなんとか起こす。
朝の陽射しがカーテンの隙間から漏れている。
「……ハルくん」
私は、あの夜を思い出しながら、片思いの彼の名をポツリと呼んだ。
ゆっくり投稿していきます。
よろしくお願いします。




