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記憶喪失四人目

――夢を見た。


 もう二度と見たくない夢だ。


 黒い海は全てを呑み込み攫って行く。

 碧理は泣くしかなかった。

 そして強く願いを込める。

 そして無事を祈り、ただ、泣くことしか出来なかった。








 消毒液の匂いで碧理は目が覚めた。


 独特の鼻に付く匂いは、嫌な記憶を思い出させる。

 不安にかられながら目をあけると、碧理が寝ているベッドの傍に一人の少女がいた。


 茶色の髪はくるくると綺麗にカールしていて、大きな瞳が印象的の、ちょっときつめの美人。制服姿の所を見ると、今日は学校へ行ったらしい。

 そんな彼女が椅子に座り本を読んでいた。


 まだ夢の続きを見ているのかと思い口を開く。

 すぐに消えると思っていた幻に呼びかけた。


「……美咲」


 碧理が声を出すと、本に集中していた美咲は顔を上げた。

 最初に驚いたような表情を見せたあと、満面の笑みを浮かべる。


「起きた? 気分悪いでしょ? 頭、打ったってクラス中、学年中が大騒ぎだったよ。意識が無かったから救急車まで来たんだ。もう少し寝てなよ」


 身体を動かそうとした碧理は、頭の痛みに顔を顰めた。

 頭に手をやると何かが触れる。

 それが包帯だと認識すると、どうしようもなく罪悪感が募った。


 頭に浮かぶのは慎吾の顔。

 なぜなら、怪我をした碧理のせいで、慎吾が困った立場になっていると予想が出来たから。それに、美咲がここにいる理由もわからなかった。


 碧理が美咲に会うのは、二カ月ぶり。

 それなのに、あの時と同じように屈託のない笑顔を向けてくる。


「動いたらダメだよ」


「……どうしているの?」


 碧理が起き上がるのを制止した美咲が、困ったように笑う。

 そんな美咲に言われるがまま、痛む頭を抑えて碧理はまた横になった。


「赤谷の代わり。昨日、連絡貰ったの。あいつ、花木さんが倒れた後、凄いショック受けていたよ。しばらく謹慎処分だって。私は保険の先生から、花木さんが運ばれた病院教えて貰ったの。看護師さん達には親友だって言ったからよろしく」


 相変わらず自由な行動をする美咲に碧理は呆れた。


 それよりも問題は慎吾だ。

 三年のこの時期に謹慎処分になると、進学や就職に影響が出る。この件で、すでに推薦は取れないだろう。

 慎吾の人生プランを邪魔してしまったことに、碧理は思いっきり落ち込んだ。


「……赤谷君、大丈夫かな」


「あいつの自業自得でしょ。気にしなくて良いよ。逃げる花木さんを赤谷が無理やり追いかけたってことになってたよ。今は学校中がその噂で持ちきり。明日になると、更にとんでもない噂が付いてるかもね」


 美咲が教えてくれた内容に、碧理は項垂れた。


 どうやら問題児だった慎吾の印象は悪く、処分も厳しくなっているらしい。状況証拠も揃っている上に、碧理が逃げていたのも噂に拍車をかけた。

 それなのに、全くと言うほど赤谷の心配をしていない美咲に碧理は恐る恐る聞く。


「……記憶が戻ったの?」


「全然。八月の三日間の記憶ないわよ。昨日、赤谷から連絡あったって言ったでしょ? それで花木さんに会いに学校へ行ったの。そしたらこの事件だもん。……それで、私と三日間一緒にいた理由と、記憶が無くなった理由を聞かせてくれるのかな? 花木碧理さん」


 以前からの友達のように接してくれる美咲は、二カ月前と変わらない。

 優しくて、はきはきと自分の気持ちを伝える美咲が大好きだった。

その姿を見ていると、碧理は泣きそうになる。


「それ無理」


「即答? 赤谷からノートのことも教えて貰った。で、これ、花木さん知ってる? いつからあったのかわからないけど、机の引き出しの奥底から出てきたの。買った覚えもないし、何より私の趣味じゃない」


 そう言って美咲が鞄から取り出したのは、おもちゃの指輪。


 それは、碧理、美咲、翠子。女子三人で一緒に買った思い出の品。

 銀色の土台に、付いている石だけ色違いだ。それぞれが好きな色を買った。

碧理が青。美咲が黒。翠子が赤を。


 花火大会の露店で、記念にと選んだプラスチックの指輪だ。


「……知らない。少し寝たいから、帰って貰っても良い?」


「そっか、残念。では最後に質問です。口に出したくなかったら、首を縦か横に動かして下さい。私の好きな人のことは知っていますか?」


 直球だった。

 三日間の記憶がないなら、碧理と美咲に接点はない。


 また「知らない」と答えようと思った碧理だが、真剣な美咲を見ていると声が中々出てこない。


 恋に本気だった美咲の姿を近くで見ていたから。

 それに、碧理もそろそろ誰かに聞いて欲しかった。

 嘘を重ねる罪悪感と、記憶を取り戻そうと必死な皆を見ていると心が限界だった。



「――知っています」


 震える声でそう言った。



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