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ラプンツェル家は夜笑う  作者: 癒原 冷愛
招かれざる客
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Ⅵ.長髪の医大生


 名実ともに嵐が去ったあと。立ち位置を見失ったような看田氏が、気を取り直して俺を宿泊部屋に案内してくれた。

「在異ぴょ……、生薬原さんのことは気にしなくて平気だよ。石医さんとは、ちょっと反りが合わないだけだから」

『ちょっと』どころの騒ぎじゃないぞ? 敵愾心、剥き出しではないか。いつもあんな風にしのぎを削っているのか。健気な看田氏は然り気なくフォローするが、俺は既にドン引きしていた。板挟みな看田氏が哀れにすら思えてくる。


 

 二階の踊り場まで来ると、階と階段を隔てる扉があった。看田氏が開け放つとギィと金属の軋む音がして、目の前に『二〇三』とプレートに表示されたドアが見えた。診察室(一〇三)の真上に当たるのだろう。

「此処がわたしの部屋です。何かあったら声をかけてくださいね」

 看田氏が手のひらを向けた時、

 

 バシッ カキーン


何かを叩き落とすような落下音と同時に、金属が弾けるような鋭い音が響いた。

 廊下の中ほど――数メートル先の扉の前に、デイバックを下げた一人の青年が立っている。肩まで伸びた長髪だが、背格好から男であるのが解る。

笠原(かさはら)さん!」

 顔色を変えた看田氏が駆けだした。

 青年は白衣の天使に気づくと狼狽え、急いで床に叩きつけたものを拾い上げた。

「どうされましたか」

「い、いやぁ看田さん。今日も綺麗だね。……鍵を取りだそうとしたら手がスベっちゃって、まいったよ」

 然り気なく軟派なことを口にしてから頭を掻き掻き、青年は懐をまさぐりながら、取って付けたように取り繕った。

 デイバックの中身をぶちまけたのか、拾いきれなかった革製ベルトの腕時計に、煙草と木製ジッポライター、手帳やボールペンまでもが散乱している。

「大丈夫ですか」

「いや本当、手がスベっただけだって」

 わざとらしい。明らかに故意だ。俺も曾てそうだったから解る。癇癪持ちなのか……? 

 ふと背後にいる俺の視線に気づくと、青年の顔が固まった。口元の笑みが消え、下がっていた目尻が徐々に上がり、怪訝な眼差しで俺を見据えた。

「あ。ご紹介します。怪我をされて、今日から暫くこの家で静養することになった娜々村惚稀さんです」

 俺は一応、頭を下げた。

「へ、へぇ。怪我人ね。どうやってこの離島に来れたのかな」

 張りつけたような笑みだが、明らかに唇が歪んでいる。

「実は旅の途中で、壊れかけのハンググライダーが嵐にヤられ――」

 斯々然々、俺はこの島で世話になるに至った経緯を手短に説明した。

「ははっ。とんでもなく面白いね、君。普通の人間のやることじゃないよ。まあせいぜい頑張ってね」

 俺より四、五個は歳上だろうか。ポーカーフェイスを気取っているのか糸のように目を細くして、くしゃっと笑うと、

「僕は笠原岳士(たかし)だから」

そのままデイバックを引っ提げて、棒立ちになっている俺を押し退けた。

 グサリと心に突き刺さった。『普通の人間のやることじゃない』――瘉治Dr.も同じようなことを口にしたが、この男の言い方には棘がある。

 心配そうに看田氏が呼び止めた。

「お出掛けですか」

 レレレのレ。心の中で付け加えていると、

「ああ。雨上がりの夜空は星が綺麗だからさ。就寝前に間近で火星を拝もうと思ってね」

 笠原氏は軽く片手を上げると、今度こそ廊下の奥へと歩み去っていく。

 扉のプレートは、消去法から考えるまでもなく『二〇二』だった。

「笠原さんは元調理師で、今は医大生です。少し心身のバランスを崩して療養しているの」

 笠原氏の姿が見えなくなってから、看田氏は告げる。

 何でも良いから、俺はもう帰りたかった。

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