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ラプンツェル家は夜笑う  作者: 癒原 冷愛
招かれざる客
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Ⅰ.白衣の天使


 お婆ちゃん。俺やっぱり死ぬみたいだ――


 誰かが肩に触れている気がする。温かい。きっとお婆ちゃんだ。俺を迎えに来てくれたのか。

「大丈夫ですか? 今、医師(せんせい)を呼んできますからね……?」

 柔らかな声が降ってくると、アンズとゼラニウムの香りが鼻をくすぐる。求肥餅の甘い匂いに似ていなくもないが、お婆ちゃんの声はもっと嗄れていたはずだ。

 ゆっくりと瞼を開ける。

「良かった。気がつきましたね」

 目の前に白衣の美女がいて、心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。安堵したのか、うっすら白い肌に紅が差している。

「此処は……?」

 貴女は誰? 問いかけたいが掠れた声は続かなかった。倒れた身体を起こそうとした時、腕に激痛が走った。そうだ。俺、夕立に見舞われて墜落したんだ。

 負傷した腕を抑え、何とか上体を起こし、首だけを動かして辺りを見回した。ぼんやり視界が霞む。既視感(デジャビュ)。憶えている限り、この体験は本日二度めだ。俺の人生、こんなのばかり。

 背後を振り向けば、ハンググライダーが木っ端微塵になっていた。豪風雨にヤられたのか、落雷に撃たれたか。どっちもだろうか。

「堕ちたのが森の中で良かったわ。繁茂した草木たちがクッションになってくれたのね」

 ハンググライダーに視線を投げ、状況を察したらしい彼女がそっと俺の髪に触れ、指先で木の葉を掬いあげた。哀しそうな顔で、しかし優しく励ましながら。

 茂みにバウンドしながら堕ちたのだろう、俺の身体はそこかしこに葉っぱがくっついていた。

「すまない。俺は……」

「わたしは看田(かんだ)好恵(よしえ)。この島に建っている館のナースです」

 そこで初めて、看田好恵と名乗った美女がナースキャップをかぶっているのに気づいた。そして腰まで伸びた長い黒髪が、俺に寄り添うためにしゃがみこんで、泥濘に触れてしまっていることに。 

「安心してください。この島に唯一ある建物は一応、ホスピタルだから」

 ホスピタル? 病院なのか?

 暫し瞠目した俺の疑問を察した彼女は、

「一般的な総合病院ではなく、ホスピスやサナトリウムのような目的で建てられているの。保養所と思ってもらえば良いわ」

 何というおあつらえ向きな。同時に納得だ。こんな陸の孤島では設備が悪いだろう。

「患者様と医療従事者が一緒に、一軒の家で家族のように暮らしています。そういえば名前、まだ聞いていませんでしたね」

「お、俺の名は」

 言いかけて一瞬、考えた。

「確か、娜々村(ななむら)惚稀(ほまれ)

 自分の氏名を忘れかけた。落下した衝撃で記憶喪失になったわけではない。最近あまり使っていないからだ。

「娜々村さん、このままでは風邪をひきます。早く温まらないと」

 看田氏に言われて、俺は全身びしょ濡れになっていたことに気づく。雨水の浸透した服は重く膨れて体温を奪う。急に鳥肌がたって寒気を自覚し、今さらながら背筋が凍えた。

「この森はね、杏の林と呼ばれているの。此処はまだ序の口だけど、日が沈んでから奥に迷い込むと出られなくなるわ」

 なるほど〝杏林〟か。看田氏の香水ではなく、本物のアンズだったとは。

「行きましょう。館まで少し歩きます。立てますか?」

 差しのべられた手を取り、俺は頷いた。

 白衣の天使に導かれ、ゆっくりと洋館へ。

 彼女は肩を貸してくれた。

 ナース服が泥水に汚れてしまうことは抵抗があったが、やむを得ない。優しさに甘えることにした。腕と脚と関節の節々が痛むが、堪えられないことはない。


 やはり天使の羽だったかもしれない。森を抜けた俺は振り返って、砕け散ったハンググライダーに黙祷を捧げた。

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