Ⅶ.密室の秘密
「事件当夜、ラプンツェル家の住人は俺を含めて十人。被害者の笠原氏を抜いたら九人だ。前述したように、〝もう一人の黒髪鬼〟にとって一番悟られたくないのは、〝二階の窓から侵入して室内の扉から出ていった〟という一連のルートである。これによって何人かの人間が、犯人たり得る条件から外れてしまうためだ」
俺は握った拳を彼らに見えるよう、視線の高さまで掲げ、
「まずは館のマスターキーを所持していて、且つ身体能力に問題があり、綱紐をよじ登ることも階段を降りることもできないと思われている車椅子の癒治Dr.。病室に閉じ込められて動けない――どのみち死んでいた――弓野氏。この二人は論外だ」
親指と人差し指を立てた。言うまでもなく太くて短い親指が癒治Dr.で、スマートな人差し指が弓野氏だ。
「次に、癒治Dr.と懇ろな仲で、マスターキーをいつでも手に入れることのできる石医氏も、危険を冒してまで窓から闖入する必要はどこにもない。この時点で三人の人間が除外され、残るは六人だ」
中指を開いた俺は、
「さらに生薬原本人が、三階にいたことを何らかの形で証明してしまえば容疑者の数は暫定、五人にまで減少する」
最後に生薬原のために薬指を立てる。
現に犯行当時、かず理によって三階の廊下と階段を繋ぐ扉が閂で閉ざされ、見事に生薬原のアリバイが立証されてしまった。
片手に四本の指をカウントしたところで、どこからともなく嘆息が漏れた。
看田好恵は杳として愁眉を開くことなく戦慄し、掌を握りしめている。
「ちょい待ち探偵さん。生薬原さんが件のロープを伝って真下の笠原君の部屋に降り立ち、殺害後にまたロープを登って、真上の自室に舞い戻ったとは考えないのかい」
「そうしたら笠原氏の寝室の窓を、内側から施錠できるわけあるまい」
「あ。そうか」
かず理は舌を出して、頭の天辺を指先で叩いた。頭の足りない猿そのものだ。
俺は彼女を一瞥してから、
「消去法で犯人像が搾られていくことに、恐怖するのは当然である。そこで犯人は一計を案じた。いっそ不可思議な密室をでっちあげ、館に伝わる忌まわしき呪いを彷彿させたらどうか。嘗て心中した唯晴Dr.と癒命氏の怨念――黒髪鬼の仕業に見立て、濡衣を着せてしまえば良いと」
「癒命ちゃんらに罪を擦りつけるための、見立て殺人だったんかい」
さながら義憤したアウストラロピテクスのかず理を去なし、俺は語を継いだ。
「犯人は、まず自分の部屋の鍵のプレートを外し、笠原氏の鍵の片割れ――持ち手に装着されている〝二〇二〟のプレートを付け替えてナイトテーブルに置いた。犯人が自分の部屋を施錠してきたなら、無論その前に自室に戻って扉の鍵は解錠しておく必要がある。一本しかない鍵を、笠原氏の部屋に置き去りにしていかなければいけないからな。あとは二〇二号室の本物の鍵――片割れを使い、笠原氏の寝室を出て扉を施錠すれば密室は完成する」
「ちょっと待って。それじゃあすぐにバレるわよね。室内に置かれた鍵が本物かどうか、誰かが鍵穴に差して確かめたら一貫の終わりじゃない」
すかさず石医氏が反駁した。
「そ、そうですよ。わたしたちはあの時、動揺していて確認する余裕はありませんでしたけど。たまたま犯人にとって運が良かっただけで、いずれは……」
看田氏は言いかけて、何かに気づいたらしく小刻みに震えだした。
「左様。だからこそ犯人は笠原氏の長髪を一房ぶんカットし、接着剤を塗ったら鍵穴に捻り込んだのさ。〝二〇二号室〟の鍵が、鍵穴に合わない本当の理由をカムフラージュするためにな」
苦し紛れの弥縫策だったろうが、思いのほか巧くいった。現に鍵穴に刺さった髪の毛が邪魔して、マスターキーすら入らなかったのだ。
「首尾悪く、接着剤で張り付けた髪の束を剥がされたとしても、犯人にはまだ最終的な砦があった。鍵穴の内部には本来の先端部分が詰まっているから、マスターキーを差し込んでも途中で支えて廻らないはず。二〇二号室の扉を開ける唯一の鍵は、今も犯人が持っているだろう、折れた片割れだけだからな。最悪の場合でも、鍵穴に問題があると結論づけられるだけで、密室の真のトリックには気づかれまい。とりもなおさず、髪の毛の束は〝黒髪鬼〟の呪いに見立てる効果と、密室の仕掛けをより強固にするための保険、一石二鳥の役割りを担っていたと云える。そうして俺たちは犯人の陽動作戦に惑わされ、まんまと嵌められたのだ」
「金田一く、じゃなくて娜々村さん。誰が犯人だって言うの? そこまで解ってるなら、はっきり言ったらどう?」
肝を煎った石医氏が、足踏みしながら貧乏ゆすりをはじめた。
「誰あろう〝もう一人の黒髪鬼〟は、他ならぬ笠原氏本人が教えてくれたよ」
「ほう。面白いことを言うのぅ。死人に口無しじゃあないのかね」
癒治Dr.は小首を傾げて半畳を打つ。
こんにゃろ。
「俺が笠原氏の遺体を発見した時、彼の片手は窓を掴むように伸びていたんだ」
「それってもしかして」
「ダイイングメッセージ……?」
不穏な空気が漂う中、彼らは訝しげに首を傾げた。さながら、青カビが生えた推理小説の佳境を体現するように。
犯人は密室を企てることに気取られ、注意が回らなかったのだろう。或いは、被害者が窓枠を掴んだところで最期の悪あがきにしか見えず、放置したのかもしれない。豈図らんや、それが重大な手掛かりを示していたとは。
「犯人が侵略してきたのは窓からだったということを、伝えたかったんじゃないですか」
菊地氏が言った。
「併せてその可能性も否定できまい。しかし、もっと直接的に個人を指しているとしたらどうだ? 窓そのものが〝もう一人の黒髪鬼〟の名前だったんだよ」
もうここまでて充分だと思いますの
(¬_¬);




