Ⅵ.そして犯人は微笑んだ
不意打ちを食らった看田好恵は、ピクッと肩を跳ねさせて顔をあげた。その目は明らかに怯えている。
「憶えているか。俺が島に着いた初日の夜、部屋に案内してくれた時だ。笠原氏が自室の扉の前でデイバックを叩きつけていたのを」
俺はゆっくりと看田に近づいた。
「え、ええ」
白衣の天使は後退りしながら、戦々恐々の様相で頷く。
≪カキーン≫
「あの時、金属の弾けるような音がしたはずだ」
看田氏の指先が耳朶に触れる。記憶を辿るように瞼を閉じていたが、やがて思い出したように双眸を開いた。
「……確かに聞いたと思います」
「笠原氏が床にぶちまけていたのは煙草、木製ライター、革製の腕時計に手帳とボールペン。金目のものは見当たらなかった。にも関わらず金属音が響いた直後、看田ナースが駆けつけると、彼は慌てて何かを隠すような素振りを見せた」
「それって」
「そう。鍵だ」
察した看田氏に俺は首肯する。
あの瞬間、俺たちが聞いたのはルームキーの割れる音だった。
「笠原氏の鍵は胴体と頭部の二つに折れてしまったのだ。看田ナースの説明にあったように、各部屋の純正キーは一つしかない。破損しても予備の鍵に代えることはできず、あまつさえ癒治Dr.に知られたら咎められ、心証を悪くする。だから笠原氏は折れた鍵を拾いあげ、咄嗟に隠匿した。そうして胴体――先端部分の凹凸が、鍵穴の内部にある板状の凹凸に添うように差し込み。頭部――持ち手の切断面を、先端部分の切断面にぴったり重なるように鍵穴の中へ押し当てて廻し、施錠と解錠をおこなっていたんだ」
鍵というのは案外もろい。メーカーによって素材の比率は異なるが、純正キーは主に洋白――銅・亜鉛・ニッケル――と呼ばれる合金で作られる。この館の鍵は一般家庭でも使われているものと同じで、特殊な造りではない。合鍵の原材料である真鍮より、洋白のほうが強度に優れているとは云え、何度となく固い地面に叩きつけていると、ある日ポッキリ逝ってしまうことがある(作者談)。
「笠原氏は日頃から、物に当たり散らす癖があったのだろう?」
もう一人の『黒髪鬼』が笠原氏の寝室で見つけたのは、何故か先端部分のない鍵の欠片だった。一を聞いて十を知るかの如く、犯人は悟ったはずだ。癇癪持ちの笠原氏が叩きつけて割ったこと。そして割れた鍵の先端は、鍵穴の内部に埋まっているであろうことを。長年の付き合いで笠原氏の性格を熟知していれば、その程度のことは掌を指すように想像できたと思われる。
「犯人は一旦、部屋を出ると扉の外側に立って確かめた。パズルのピースを嵌めるように、鍵の片割れを鍵穴に密着させて廻せば、案の定ガチャリと廻るではないか。思いがけない僥倖に、ほくそ笑んだやもしれない。こいつは使える、むしろ利用しない手はないと」
ラプンツェル家の人々は皆、息を殺して俺の動向に釘付けになっている。ただ一人、悔しそうに唇を噛んで俯いている人物を除いては。




