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ラプンツェル家は夜笑う  作者: 癒原 冷愛
≪解凍編≫お菓子な探偵
33/35

Ⅴ.消えたラプンツェルの髪


「も、〝もう一人の黒髪鬼〟が……!」

「この中に……?」

 肝を潰す彼らを牛耳りながら、俺は犯人の心情を推し量った。

「笠原岳士の遺体が執拗なメッタ刺しにされていた状況から見ても、〝もう一人の黒髪鬼〟は、笠原氏に相当深い怨嗟を抱いていたはずだ。予予、隙あらば襲撃しようと狙っていたのかもしれない。そんな折り朝食の席で、笠原氏のルームクーラーが壊れたことを小耳に挟む。犯人は事件の夜も凶器を忍ばせ、如何(いっか)な闖入できぬものかと画策し、寝静まった笠原氏の部屋を窺っていたのだろう。館の外側に廻ってみれば、地上から二階を見上げたまさにその時、二〇二号室の窓は開け放たれ、三階から一階へ空中に縄が垂らされていたとしたら」

 かくやあらん。犯人にとって千載一遇のチャンスであり、窮余の一策だったことは想像に難くない。

 第一の事件が呼び水となり、異なる動機を持つ二人の人間が、同時刻に各々のターゲットを死に至らしめる。惨憺たる事件のからくりは、二重構造の非連続殺人だったのだ。

「だがなぁ探偵さん。あくまで〝髪長姫(ラプンツェル)〟はお伽話の世界だ。現実的に考えて、ワインボトルと人間じゃ重さの桁が違う。心もとない紐一本に掴まって、大の大人がのし上がるなんて芸当ができるのかい。途中で千切れたら元も子もねぇ」

 懐疑的なかず理が差し挟んだ。最もな意見である。

「当然、犯人にとっても賭けであろう。しかし実際に可能だったと云える。癒治Dr.のように身体が不自由で、よほど肥えた人間でない限りは」

 車椅子の豊満な古狸を、俺はチラと盗み見た。

 あくまで歩行可能なことは白を切り通すつもりか。食えない老巧は、メタボリックシンドロームをひけらかすようにふんぞり返り、沈黙のまま俺を焚き附けている。

 蹴り倒したろか。

「ということは、犯人は体重の軽い人物……!」

 彼らは互いに視線を這わせ、必然的に細身の人間へと疑いの眼差しが集中する。

「わたしはスリムではありません。小柄だけど標準体重より一㎏重いわ。体脂肪率も高く、隠れ肥満なのよ」

 石医氏が弁解と同時に暴露する。

「アタシもだ。標準体重より三㎏は上回ってる。最近太ったしなぁ。縦も横もあるから、軽業師の真似事なんかできやしねえ」

 世代の割りに大柄な類人猿、かず理も否定した。

「言うまでもなく、わたしにも無理です」

 肉付きの良い菊地氏が、膨よかな胸元を強調してみせる。

 看田、萩子は明らかに青ざめ、縮みあがっている。

 身軽であるほど有利なのは事実だが、この際、個々のBMIは関係ない。勾欄に結びつけた紐の耐久性が、何㎏まで()つのかは実験してみれば判ること。俺が試金石になっても良い。

「犯人を搾り込む術は他にもある。ここからが本題だ」

 早まる連中を鎮めつつ、俺は一石投じる。

「一か八かの危険な勝負に出た犯人は見事、窓から襲来することに成功した。笠原氏を血祭りにあげ、脱出時も紐を伝って降りるつもりだっただろう。ところがここで予想外のことが起こる。豈図らんや、夢中で登ってきた〝ラプンツェルの髪の毛〟が、帰る時には忽然と消えていたんだ」

『もう一人の黒髪鬼』にとって不運だったのは、両者に共犯関係がないこと。犯人が笠原氏を殺害している間、階下の弓野氏が飲み終わったワインを籠に戻し、三階の生薬原が件の紐を手繰り寄せ、回収してしまったからに他ならない。

「〝通りゃんせ♪通りゃんせ……♪〟」

 不気味なほど昏い声を発したのは、当の生薬原だった。

 皆が黒衣の魔女を凝視する中、

「〝行きは良い良い♪帰りは――〟」

そこで止まった。黒い唇を歪め、愉しそうに詠いかけた彼女は。まるで他人事のように宙を見つめ、ベールの下の髪を掻きあげた。

 真意が解らない。

 中断された推理を俺は続けた。

「逃走経路を断たれた犯人は、ドアから出ていくしかなくなった。しかし、このままでは笠原氏の遺体が発見された時、マスターキーを所持していない犯人が、どうやって室内に入ったのかという疑問が残ってしまう。真の侵入経路――何故三〇二号室から紐が垂らされていたのか犯人自身、その時点では知る由もないが――を、少なくとも生薬原本人に勘づかれる恐れがあった。トリックが明るみになれば、即ち自分が疑われやすくなると考えた犯人は、侵入経路を隠すため、ひとまず窓を閉めて施錠した」

 ゆえに季節柄、気温が上昇しているにも関わらず、空調の効かない室内の窓が締め切られていたという、不自然な痕跡を作りあげてしまった。皮肉な結果である。窓から目を逸らさせるための小細工が、逆に見えないルートへ導く手掛かりを与えてくれたのだ。

 固唾を飲んで聞き入る彼らを横目に、俺は順当に駒を進め、

「次に犯人が捉えたのは、ナイトテーブルに置かれていた笠原氏の自室の鍵だった」

やがて一人の人物に視線を合わせた。

「――看田ナース」

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― 新着の感想 ―
[良い点] ドキドキするような緊迫感。 登場人物達の個性がセリフや行動から想像させられる。 生薬原の歌う場面は特に、不気味さと静まりかえるシーンが目に浮かぶようでした。 [一言] 先が気になってしまう…
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