Ⅲ.不可能を除外していけば
「二〇二号室って、笠原さん……?」
看田好恵は青ざめている。
ホワイトチョコをもう一欠片、口に入れてから俺は首肯した。
「笠原氏が弓野氏の部屋の窓へ、ワインを降ろすこと自体は可能だ。しかし笠原氏は不眠症を患っており、毎晩睡眠薬を服用している。入浴時間は二十時。二十一時には床に着くのが日課だった。笠原氏が弓野直子にワインを降ろすなら、自分が起きている時間帯、遅くとも二十一時前までには済ませたいところだろう」
癒治Dr.の夜の回診は二十二時から二十二時十五分頃まで。回診前に飲酒させれば露見するから、犯人が弓野氏にワインを飲ませるのは、確実に回診後でなければならない。
癒治Dr.の割りだした弓野氏の死亡推定時刻は零時前後。直前に石医氏と伴に、隣室である彼女の喘ぎと物音を聞いているのだし、間違いないだろう。
弓野氏がワインを飲み終えるのに実際どれくらいの時間がかかったか、飲酒してからどれくらいで吐血し息絶えたかは定かではないが。
「〝ラプンツェルのトリック〟と云うべき一連のやり取りが決行されたのは、二十二時十五分以降から零時前までの間と推測できる。まさに笠原氏が熟睡している時間帯だ」
事件当夜の二十三時頃、風呂から上がった俺は偶然、西浄へ向かう笠原氏と廊下ですれ違っているが、尿意は予期せぬ出来事だ。明らかに睡魔と戦う彼の足取りは覚束なかった。
乾いた唇を湿らせてから、俺は続ける。
「あまつさえ、生前の笠原氏と弓野氏の関係は良好ではなかった。従って笠原岳士が犯行に及ぶには分が悪すぎる」
事件前の朝、笠原氏が弓野氏を貶し、彼女は悪態ついていた。弓野氏は彼を信用していないと思われる。理屈でなく身体が酒を欲してしまうのがアルコール中毒者とはいえ、毎晩『壊れかかの医大生』に与えられたものを飲むのは些か抵抗があろう。一度だけならまだしも計画的にワインを与え続け、虎視眈々と死期を狙うには極めて条件が不利なのだ。
「それじゃあ、つまり……」
全員の視線が一人の人物に向かう。
俺は淡々と告げた。
「犯人たり得る条件を満たすのは、三〇二号室の住人。生薬原在忌、汝だけだ」




