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ラプンツェル家は夜笑う  作者: 癒原 冷愛
黒髪鬼
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Ⅴ.最後の晩餐


「食べないのかい」

 晩餐時。食指が動かない俺に瘉治Dr.が訪ねた。

「まだ殺されかけたショックから立ち直れんかの」

 さもありなん。

 だがそれだけでなく、あいにくジェノベーゼのピザパイは苦手である。牛肥村病院に閉じ込められる間際、病んでいる最中に貪っていたものだ。

 ほうれん草とベーコンのカルボナーラにも抵抗があった。硝酸を出すほうれん草と発色剤を含むベーコンは、実は最悪の組み合わせなのだ。萩子瞹太郎に洗脳されたわけではないが、料理は時として人体の毒になる場合がある。

「かず理さん、今日の献立も彩りが変よ。バジルにスピナーチョ、緑人間になっちゃうわ」

 さらっと嫌みを吐く石医氏。

 亜硝酸の化学反応宜しく、明らかに有害物質を纏った食卓は重く沈んでいた。フェットチーネをフォークに巻きつける者、ピザカッターを転がす者、食器の擦れ合う音だけが響いている。

 体調は良くなったのだろうか。俺は、澄まし顔で香草ペストを纏った忌々しいピザを口に運ぶ看田好恵を凝視した。正確には、彼女の長い髪の毛を。

 あの地下豪に抜け穴がない限り、出入り口は一つだけだ。つまり犯人はあの時、まだ地下にいたことになる。物陰に身を潜めてやり過ごし、誰もいなくなったあとで入り口から出て、何食わぬ顔で皆と合流したに違いない。

 くそっ、逃げ出さずに探しだして、とっ捕まえれば良かった。



 ディナーを終え、入浴も済ませ、皆が寝静まったあと。俺は自室を抜け出して地下へと向かった。


 ギィ


 不気味な軋み音を奏でて扉を開ければ、ひんやり冷たい空気が、入浴後の(ほて)った身体に一層心地好く馴染んだ。

 階段横の遺体は、毛布が掛かったまま安置されている。笠原氏と弓野氏、二体の膨らみを横目に捉えながら、俺は奥へ進んだ。

 まずはワインセラーの中だ。蒼い庫内灯に焙られ、各棚ピッチには上段から赤、ロゼ、スパークリング、最下段には白ワインが斜め置きに納められている。瘉治Dr.が定期的に減っていると云っていたのは、赤ワインのことだろう。ボルドーとブルゴーニュのボトルが異様に少なくなっていた。時折り静止を挟みながら、コンプレッサーの可動音が繰り返された。

 続いて食料庫の中を隅々まで検める。隠し扉の類いは見当たらないようだが、巨大な冷蔵庫には獣肉、ミックスベジタブル、ハム、卵、バター、洋菓子。冷凍食材と瓶牛乳のケースがそこかしこに積んである。

 さらに冷蔵庫の外は馬鈴薯、人参、南瓜、玉葱――根菜の段ボールが堆く重ねられ、人一人隠れられるスペースも無いことはない。

 そして食材庫の奥は、自家発電の装置であろう発電機が鎮座し、ザッと見ただけでは死角になり得る箇所が、いくつも存在する。

 俺が悲鳴をあげて菊地文華と萩子瞹太郎が駆けつけた時、犯人は一旦、身を隠して俺たちが立ち去るのを待ったはずだ。その際、何か痕跡を落としていった可能性もある。

 くそめ。菊地氏の誘導がなければ、袋小路に追い詰めてやったのに。

 俺は念入りに探したが、あえなく証拠と言えるものは残っていなかった。

 諦めて立ち去る前に。冷蔵庫の中から板チョコを二枚、拝借した。我ながら手癖の悪いヤツめ。



 一階に上がると、一〇一号室が目に止まった。地下に繋がる階段の側、萩子瞹太郎の病室だ。

 そうだ。悲鳴が聞こえた時の状況を、今一度萩子に詳しく訊ねてみよう。俺は扉をノックした。

 だが返答はない。

 妥当に考えれば就寝しているのだろうが、彼は不規則な生活をしている模様だ。

 念のためドアノブに手をかけると、すんなり開いた。

「何やってるんだ、人の部屋の前で」

 背後から声をかけられ、ビクリと振り向く。

「は、萩子」

「トイレに行ってたんだよ。夜這いをかけに来たんならお断りだぜ。あんたは趣味じゃないんだ」

「い、いや。そうじゃなく、たまたま通りかかって、ついでに訊きたいことがあってな」

 言い訳する俺を押し退け、萩子は乱暴にドアノブを廻すと、

「勝手に入ろうとすんじゃねえよ」

室内に入るが早いか、バタンと勢い良く扉を閉めた。内側からガチャリとサムターンを廻す音が響く。

 暫し呆然としたまま、俺は立ち竦んだ。

 完全に機嫌を損ねてしまった。確かに俺が非常識なのだ。急を要するとは云っても、真夜中に寝室を訪ねることはない。明日以降で良いではないか。

 階段を昇りかけた時。


 ギシッ、ズリ、ズリッ


 ラウンジのほうから僅かに床の軋む音がした。

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