Ⅲ.コンプレックスと不味い料理
どうかしたのか。
「看田ナース? 大丈夫であるか」
駆け寄った俺に、看田氏は白い顔をあげた。
「月のものが……」
苦痛に歪み、陶器のような素肌が青ざめている。ナースキャップからほつれ毛が零れた。腰を折って、震える手で毛布を抱き抱えている。笠原氏たちの遺体に被せるものだろう。
「薬を飲めば平気。仕事ですから」
立ち上がろうとしてよろめいた白衣の天使を、俺の頼りない腕が支えた。
「地下には俺が行くから。看田ナースは暫し休むと良い」
不器用な俺の労いに、看田氏は素直に頷いて毛布を手渡すと、儚げに微笑んだ。ロングヘアーがファサッと揺れた。
地下へ向かう階段の壁を拳で殴る。どうしようもない苛立ち。
元より人に優しくするのは慣れていない。
目の当たりにした。
看田好恵は器量良しだ。容姿、人柄、能力ともに非の打ち所のないパーフェクトガール。笠原が惚れるのも解る。くそめ。瘉治Dr.に可愛がられ、石医に気に入られ、腹心の部下として買われている。くそめ。
それに引き換え、俺と来たら。誰からもバカにされ、疎まれ嫌われ蔑まれ。逆切れして喚き散らし、身を滅ぼして精神病院の餌食になった。ちきしょう、天と地の差どころじゃねぇ。月とスッポンポンだ。優しさ、能力、美貌、長い髪。無いものだらけじゃねーか。あまつさえ女性ホルモンすら備わっているのか怪しいのだ。
完爾とした看田氏の笑顔がちらつくたび、妬みと憧れと羨望が渦巻いて、めちゃくちゃになる。生薬原在忌の異様なまでの嫉妬心が、俺には痛いほど解っちまう。
本来、俺のような人間は看田氏と決して交じりあうことは許されない。看田が水なら俺は油だ。看田が野菜なら俺は肉。看田が砂糖なら俺は味噌。看田がシナモンなら俺はカレー粉。無理矢理混ぜればえげつない料理になるだろう。不味い。クソ不味いわ。くそったれ。
薄々感じていながら気づかないふりをしてきた、俺のコンプレックスは固形となって顕わになる。もう隠せない。
ダンジョンに降りれば冷たい空間が俺を包み、湯沸かし状態になっていた思考回路がいくぶんか冷却される。
扉の横に昨夜、運んだままに横たわっている笠原氏と弓野氏に近づくと、軽く黙祷してから毛布をかけた。
そういえば瘉治Dr.が、貯蔵庫からワインが定期的に減っていると言っていたが。奥へ歩を進めてワインセラーに手を伸ばした時、俺の首に何かが巻きついた。




