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ラプンツェル家は夜笑う  作者: 癒原 冷愛
午前零時の悪霊
20/35

Ⅴ.殺人鬼は夜歩く


「一人いるじゃねーか。怪しいヤツが」

 ぼそりと言い放った萩子へ、一同の視線が集まる。

「行方不明中のかず理の婆さんだよ。弓野に酒を飲ませて笠原を殺し、逃亡したんだとしたら辻褄があうぜ?」

 水を打ったように場が静まり返った。

 妙な説得力。確かに筋は通っている。

 吐息が漏れ、固唾を飲み込み、誰もが猜疑心を隠せないでいた。

 消息を絶ったかず理。何らかの形で関与しているのは間違いなさそうだ。二人もの人間が死んだ夜に姿をくらますなど、偶然と考えるほうが無理があろう。

「とにかく、かず理さんを捜さないと」

「全員で手分けして家中を見て回りましょう」

「かず理コックなら数時間前、夜の九時頃に館の外へ出ていったのを見かけたが」

 正義感の強い看田氏と菊地氏にやや気圧され、俺は打ち明けた。

「外ですって?」

「杏の林のほうへ向かっているようだった」

「それを先に言いなさいよ」

 ムッとした表情の生薬原に、何故か俺は怒られる。

 いても立ってもいられない様相の看田氏が、

「待たれい」

癒治Dr.の制止を振り切って玄関口へ走り出した。

「今ここで我々が行ったらミイラ取りがミイラじゃよ」

「そうね。夜の森は深いわ。明け方、皆で捜索しましょう」

 石医氏にまで諭され、看田は廻しかけた玄関扉のノブを離す。

「遺体を検死したいが、儂はこの通り二階に上がることはできない。すまぬが日佐夜さん、笠原君を持ってきてくれんか」

 笠原氏の部屋のエアコンは壊れている。気温の上昇している今の季節、腐敗するのは時間の問題で、いずれにせよあのままにしておけまい。

「私も行きます」

 石医氏に続いて、看田氏と菊地氏も率先して動きだす。

 手伝う素振りも見せずツンとそっぽを向いている生薬原と、女以上に貧弱な身体の萩子は放置して、俺たち四人は二階から笠原氏の遺体を運ぶことになった。生薬原はさておき、栄養失調の病人に力仕事は頼めまい。



 二〇二号室まで辿り着き、蹴破った扉の先の惨状に、石医氏と菊地氏が息を呑んだ。

「誰がこんな酷いことを」

 笠原氏の指先が窓に貼りついているのを、俺は今一度視認した。

 石医氏と看田氏が遺体の頭部、菊地氏と俺が足元を掴んで一階へ運び出す。



「おお、おお。笠原君」

 変わり果てた医大生の亡骸を目の当たりにした癒治Dr.は、ただ、ただ嘆いていた。わざとらしいほどに咽び泣く姿は、演技なのか本物なのか判らない。

 癒治Dr.による検死が済むと、弓野氏と笠原氏の屍を地下に運び込んだ。常に低温が保たれたワインセラーと冷蔵庫の近くなら、遺体の腐敗を抑えられる。エアコンの効いた弓野の病室に笠原氏の遺体も揃えて安置することも考えたが、二人纏めて此処に置いたほうが冷房代の節約になるだろう。

 二つの屍を降ろす俺たち四人を、生薬原は猫の死骸でも見下すように軽蔑の眼差しを向けていた。

 萩子は髪を掻きむしりながら何やらブツブツ溢している。



 一連の作業に区切りが付き、一階の廊下に一同が揃うのを見計らって、癒治Dr.がふたたび口を開いた。

「笠原君の死亡推定時刻は、日付の変わる間際――昨夜十一時半頃から零時位までの三十分前後と思われる」

 笠原氏の遺体の感触から、素人の俺にも感じられたことだ。

「改めて一人一人に伺いたい。儂らが弓野君の回診を終えた昨夜の十時過ぎから零時を超えるまでの数時間、何処で何をしておったか」

 洋灯に映える癒治Dr.の顔が般若の如く揺らめいて、重みのあるバリトンボイスが邸内に響く。

 その時だ。

 

 カチリ


 サムターンの廻る音がやけに大きく届いた。玄関先からだ。

 全員が息を殺してエントランスを凝視する。


 ギィィィ……


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