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ラプンツェル家は夜笑う  作者: 癒原 冷愛
午前零時の悪霊
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Ⅳ.真夜中の疑心暗鬼


「かず理さ……」

 いない。看田氏は灯油ランプを部屋の隅々まで充てるが、室内はもぬけの殻だった。

 俺が最後に、自室の窓から彼女を見かけたのが二十一時頃。日付の変わる三時間前だ。杏の林へ向かっていたが、よもや未だ戻っていないとは。何処をほっつき歩いているのだろう。

「魔女に食べられちゃったりしてね。彼女自身が魔女なのに」

 生薬原がクスリと唇を歪めた。何を言っているのか。

「一階に戻りましょう。チーフたちに知らせなきゃ。皆さんにも打ち明けないといけないことがあります」

 看田氏は長い髪を翻すと、先頭を切って俺たちを促し、四人揃って一階へ直行した。



「なんじゃと! 笠原君まで殺されておった?」

 車椅子から身を乗り出して癒治Dr.は震撼した。目を見開き、顎が外れんばかりに驚愕している。

「癒治さん、血圧が上がります」

 石医氏は極めて冷静に努める。

 同時に、

「弓野さん……!」

一〇二号室の惨状を目の当たりにした、菊地氏と生薬原も息を呑んだ。

「二階では笠原さんまで死んでいるというのですか」

「どうして二人もの人間が同時に」

「しかもかず理の婆さんまでいなくなっただと? 何がどうなってやがるんだ!」

 混迷する彼女たちに混じって、萩子瞹太郎が苛立ったように壁を叩きつけて声を荒らげた。

「誰だよ、こんなことした野郎はよぉ」

 萩子はフラフラと後退りしながら、ラリった目で俺たちを睨めつけた。臆病さゆえ攻撃的になっているのやもしれないが、恐るべき豹変ぷりである。

「この館は呪われてる。甦ったんだ、唯晴爺さんの執念と監禁された少女の怨念が……!」

 監禁された少女?

「生きている人間のほうが何倍も怖いわ」

 誰かが言った。

「だってよぉ、ヤツぁ髪の毛を――」

「静まれい」

 先刻まで取り乱していた癒治Dr.が一喝した。

「館の曰くについては明朝、儂のほうから改めて話す。先んじて諸君に確かめたいことがある。この中に今夜、弓野君に葡萄酒を飲ませた輩はいるか」

「ハッ、末期のアル中婆さんに、んなもん飲ませるわきゃねーだろ」

「言葉を慎みなさい、萩子君」

 これが彼の本性なのか。乾いた笑い声をあげる萩子に、石医氏が諭す。

「私は飲ませていません」

「第一、弓野さんの病室は外側から鍵が掛けられていたわけでしょ。どうやって出入りするのよ」

 確かに。弓野氏の自室の鍵もマスターキーも、全てこの家の当主、癒治Dr.が管理している。当の癒治Dr.と、彼と昵懇な仲の石医氏以外、弓野氏の病室へ自由に行き来することはできまい。

 住人たちが顔を見合わせ、おしなべて否認する中、俺は黙考した。

「チーフと石医さんは、どうして弓野さんの遺体を発見できたのですか」

 俺が彼らに詰ろうとしたことを、看田氏が問うてくれた。

「呻き声がしたんじゃ。苦しげに喘ぐような呼吸と、何かを吐きだすような異音がな」

 癒治Dr.と石医氏の部屋は、弓野氏の病室の隣である。薄い壁から伝う声を聞き逃さなかったのだろう。

「駆けつければ血を吐いた弓野さんが絶命していたのよ」

「その呻き声、録音テープか何かだったとしたら。もっと前に死んでいた可能性も考えられるわね」

 生薬原が唇をなぞりながら投じた。

「それはないわ。癒治さんが検死した時、遺体は温かかったし」

「ああ。それに身体から果実酒の匂いもしておった。あれは儂らが駆けつける間際に死んだものに間違いあるまい」

「最後に生きている弓野氏を確かめた人間は」

 俺が訪ねると、またもや癒治Dr.が述べる。

「儂と日佐夜さんじゃよ。夜の回診時、いつものように十時に病室へ行った時は異常なく呼吸をしておった。日頃から酒類を隠しておけないよう、冷蔵庫も戸棚もない。念のため、掛け布団を剥いで確認もしておる。洗面所とトイレも見回った。五分ほど診察をしてから消灯し、鍵をかけたのじゃ」

 ということは。癒治Dr.と石医氏が嘘をついていない限り、二十二時過ぎから零時までの凡そ二時間が味噌になる。

 弓野氏にとって酒は毒だが、速効性のある毒薬と違って飲んだ直後に死ぬとは限らない。

 とまれ何者かが何らかの方法で開かずの間を開け、ワインを運んで彼女に飲ませ、痕跡を消していったことは間違いなさそうだ。笠原氏の殺人と違って、明確な殺意があったかは不明だが。

「次に笠原君を殺したのは誰じゃ」

 癒治Dr.の問いに还是、名乗り出る者はいない。

「笠原さんは密室で殺されていました。不可能です。弓野さんの部屋同様、鍵を使わずに侵入することなど」

 思い出したくない悲惨な光景が甦ったはずだ。目を伏せた看田氏は、だが顔をあげ鼓舞するように告げた。

「方法は判らねぇけどよぉ、怪しいヤツなら一人いるじゃねーか」

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