Ⅲ.第三の……
「いやあぁ……っ」
ムンとした熱気が絡みつき、鉄錆の臭いが鼻を突く。俺は一瞬、息を呑んで憮然と立ち尽くした。
看田氏の悲痛な叫びを聞きながら、俺は笠原氏の屍に触れる。まだ柔らかく生温かい。死後硬直は始まっていない。
掛け布団は剥がされ、シーツは血飛沫が飛び散っている。
凶器は犯人が持ち去ったのか、此処には見当たらない。恐らくナイフの類いだろう。胸部や腹部を数回刺されている。
ベッドは窓辺に沿って横向きに置かれており、笠原氏の左手が窓に向かって伸びている。窓枠を掴むように中指から小指が握られ、人差し指と親指がガラス面に触れていた。
室内は蒸している。そういえば笠原氏の部屋は空調が壊れていると聞いていた。
例によって窓はきっちり閉められ、クレセント錠も掛かっている。妙だな、何故こんなに寝苦しい夜に窓を締め切っていたのだ……? 窓辺に置かれた手は、窓を開けようとしていた? 或いは閉めた直後に絶命したのか。
ナイトテーブルに、二〇二号室のプレートが付いた鍵が置かれているのを視認すると、俺は肺に溜めていた息を噴きだした。これでは弓野氏の部屋同様、密室ではないか。
笠原氏の肩までかかる長髪が一部分、不自然に短くなっている。シーツの上に、カットされたであろう毛が数本残っていた。鍵穴に捩じ込まれていたのは、被害者自らの髪だったのか。
ごくりと生唾を飲む音がする。
「ともかく、残りの三人を集めましょう」
冷静を装っているのか。看田氏の声は僅かに震えているが、抑揚はなかった。
ふたたび廊下に出た俺たちが階上を目指すと、上から物音と女の声が降ってきた。
歩幅を早めて階段を駆け上がれば、三階の踊り場と階梯を隔てる扉が閉ざされ、中からかまびすしく叩かれている。
鍵穴はない。外側から閂が掛かっているのだ。
羊羮のような黒紫にくすんだ鉄の板を外すと、ふたりの女が雪崩れ込むように現れた。菊地文華と生薬原在異だ。
「何か起きたんですか。わたしたち心配でヤキモキしてました」
菊地氏は身を強張らせ、
「 悲鳴がしたかと思えば打擲音が騒がしくなるのに、一方で閂が下ろされてるなんて。ったく、あのアル中オバさんに何かあったの?」
生薬原は若干ふて腐れている。
一連の騒ぎの中、彼女たちは三階に閉じ込められていたのか。一体、誰が閂を。
「話はあとです。かず理さんは」
俺が黙考している間にも、看田氏は懸命に動いている。
「判りませんけど」
「寝てるんじゃないかしら」
まだ様子を見に行っていないのか。
俺たち四人は、まず三〇一号室に立ち寄って鈴木かず理に呼びかけた。
返事はない。
数回ノックしてから、看田氏はマスターキーを差し込んだ。ガチャリとサムターンが内側から廻った音がする。
「開けますよ、かず理さん」
ドアノブにかけた看田の手が灯油ランプに映えて白く浮かび上がり、嫌な汗がじわりとひたたる。
「かず理さ……」