Ⅱ.第二の殺人
殊勝にも看取った癒治Dr.が、車椅子に乗ったまま厳かに首を振った。
死因はアルコール依存症と薬物中毒による、内蔵破裂と出血多量。
「死の間際に飲酒した形跡がある」
元より肝臓にガタがきていたのだろう、最期に飲んだアルコールが止めを刺したらしい。
「何故。あれほどダメだと言ってあったのに」
看田好恵が涙ぐむ。
しかし室内に酒類の残骸はない。真っ先に思い至ったのが地下のワインセラーからワインが持ち込まれたことだが、ボトルやグラスの跡形は一切残されていないのが妙だ。
弓野氏の部屋は外側から施錠され、鍵は癒治Drが肌身離さず管理しているので、彼女自身が持ち込むことは不可能なはず。
「我々の管理を掻い潜り、何者かが彼女にワインを与えたのじゃ」
癒治Dr.の眼光が鋭く光った。
しかし誰が如何にして。
「癒治Dr.と石医氏が入った時、この部屋は施錠されていたのか」
「勿論じゃ」
俺が訪ねると、彼らは揃って頷いた。
「窓には誰も触れていないのか」
「そんな余裕はありません」
ドアにへばりついていた石医氏が身を起こして否定した。
念のため、きっちりと閉められた窓に手をかければクレセント錠は上がっていた。つまるところ密室である。
「緊急事態じゃ。今すぐ全員に問い質す必要がある。すまんが看田君、三階の人間を呼び集めてくれんか。笠原君はともかく、応答がない者にはコレで抉じ開けて強引に叩き起こしてかまわん」
でっぷりと膨らんだ虎フグのような腹に巻きつけたホルダーから、癒治Dr.はマスターキーを外して看田好恵に手渡した。
青ざめたまま一言も発しない萩子を尻目に、小走りで階上へ向かっていく看田氏のあとに俺も続いた。
「先に笠原さんの状態を見に行きましょう」
二階の踊り場まで来ると、看田氏が振り返った。
「何か良くない胸騒ぎがするの」
良いのか。フラグを立てちまって。女の勘だろうか。俺には備わっていないが、野生の勘なら利いている。
廊下を進んで二〇二号室。看田氏が扉に手の甲を近づける。
そこでギョッとした。
ランタンに照らされた鍵穴。馬の尻尾がぶら下がっているかの如く、髪の毛の房が突き刺さっていたのだ。
何故こんなモノが……?
「笠原さん。大丈夫ですか笠原さん」
看田はノックしながら呼びかけるが、反応はない。
俺はドアノブを回すが、開かない。やはり内側から施錠されている。
看田は鍵穴にマスターキーを当てるが、髪の毛のせいで差し込めない。
俺は髪の毛を引っこ抜こうとするが、接着剤で固まっているのか剥がせない。
単に睡眠薬で寝入っているだけやもしれない。
言い条、不吉な予感は否めない。扉の向こうで何かが起きている。尋常でない最悪の可能性。恐らく俺と看田は、風雲急を告げる事態を同時に悟ったはずだ。
「かっ飛ばしましょう」
看田氏の独断に俺も首肯した。
ドンッドンッ
息を合わせて体当たりするも、扉はびくともしない。
看田好恵は細身で非力だ。
俺は俺で、人体実験による投薬と絶食で肉と骨がスカスカのボロボロなのだ。くそっ、九許斐め。
「娜々村さん。蹴破るわ」
助走をつけるためか後退りし、息を整える白衣の天使に俺も倣う。
「行きましょ」
「くそったれめが!」
俺たち二人の足が同時にめり込み、メキメキと音をたてて木製の扉はやおら室内に倒れた。
「笠原さん!」
看田氏が掲げた灯油ランプが部屋の奥を照らす。
俺の目に飛び込んできたのは。腹部をメッタ刺しにされてベッドの上で横たわった、笠原岳士の亡骸だった。