薄闇と蒼天
ガチャリ…キィ…。
「ごめんくださ〜い。」
ドアに取り付けられた、来客を知らせるベルがこの宿の主人を呼ぶ。
買い物帰りの人々の行き交う、通りの端に八百屋のオヤジさんおすすめの宿『とまり木』はあった。二階建てで、木をふんだんに使った佇まいは、最近流行りの北欧風をイメージさせる。軽く中を見渡せば、きちんと整頓されたフロントと、その奥には清潔感のあるクロスがかけられたテーブルと椅子が何組か並べてあるのが見えた。
どうやら、1階は食事をするスペースとして使って、客室は2階にあるようだ。横をみると、伊織が目をキラキラさせて内装を見ている。そういえば、伊織は北欧系のインテリアが大好きだったなと思い出していると、
「は〜い!」
フロントの奥から、元気のいい声と共に1人の女性が現れた。うちの親と同じくらいの歳頃だろうか。亜麻色の髪をひとつに纏めたエプロン姿の女性が笑顔で迎えてくれる。
「いらっしゃい!お泊まりかい?」
「ええ、八百屋のご主人に、こちらの宿が1番だっておすすめして頂いたんです。今夜お部屋空いてますか?」
「ああ!シェフリーさんの紹介で?来てくれてありがとうね!部屋ならいくつでも空いてるよ!今日はあんた達の貸し切りになりそうだ。」
こんな素敵な宿なのに!?と、伊織は心底信じられない!と言わんばかりだ。
「じゃあ、2人用を1部屋お願いします。」
と女将さんに伝えたところで、入り口のドアのベルが鳴って、1人の旅人らしき男が入ってきた。
「失礼する。女将、部屋は空いているか?」
ベルの音につられて、入ってきた方を見れば思わず目が釘付けになる。
「!!?」
なんっっっってイケメンよ!!は!?本当に同じ人間!?
身長は私がゆうに見上げるほど高いし、しっかりとした体躯だが立ち姿には優雅さがただよう。顔はどこか中性的な雰囲気のかなりの美丈夫で、夜を迎えたばかりの、薄闇のような色合いの長髪を肩まで流し、1度魅入られると離せなくなりそうな金色の瞳が印象的だ。私のとなりでも、伊織がほぅ…とウットリとしたため息を付いているのが聞こえて我にかえる。
「ああ、空いてるよ!今日はこちらのお嬢さん方の貸し切りかと、今しがた話ていたところさ!」
はははっと女将さんが笑いながら話ているが、女将さんにはこのイケメンオーラは効いていないのだろうか…。
とか考えていたら、そのイケメンと目が合ってしまった。
(やばっ)じっと見すぎていただろうかと、焦って顔が熱くなる。
「こちらの方々とは部屋を離して貰いたい。今夜は静かに休みたいのでな。」
はい??????????
思いもよらない発言に一瞬頭が真っ白になる。
何コイツ!私達が夜に騒いで迷惑かけるんじゃないかって言いたいわけ!?
ちょっとイケメンだと思って調子にのってんじゃないわよ!と思ったが、ふと、そういえば精神年齢(中身の)的には私達がだいぶ年上なはず。ここは落ち着いて大人の対応ってやつで応戦してやらねばと脳内ファイティングポーズを取ろうとしていたら、再び入り口のベルが鳴り、もう1人入ってきた。
「マーサ、久しぶりだな。元気にしていたか?」
バサリと羽織っていたマントを脱いで腕にかけたその人物は、先のイケメンにも負けず劣らずのイケメンだった。
(なんなのよ…!この世界の男ってみんなこうなの!?)
ちょっとしたパニックである。
後から現れた男は、先に現れた男とほぼ同じくらいの身長で、どうやら連れらしい。顔立ちははっきりとしていて鼻筋が整い、全てのパーツがあるべき場所に収まった全方向どこから見ても美しい神懸り的な顔立ち。体格は先の男よりもガッシリとしていように感じるが、筋骨隆々という訳ではなく、体幹の通った引き締まったシルエット。金髪碧眼とはこれまさにと言わんばかりの、輝くブロンドをフワリと流し、今にも吸い込まれそうに深い、空のような蒼い瞳は、どこか懐しさも感じてしまいそうに優しげだ。
マーサ、と呼び捨てに呼んだということは女将の知り合いだろうか?と2人のやり取りを眺めていたら、またしてもブロンドのイケメンと目が合ってしまった。
私と伊織を交互にみるようにして、どうやら微妙な雰囲気に気がついたらしい。
「こちらのお2人も今夜はここに宿泊かな?」
尋ねられたら返さない訳にはいかない…。
「ええ、私とこの子と2人部屋なんです。夜は静かに致しますからご心配なく。」
チラリと、最初のイケメンを見やる。ちょっとイヤミっぽく言ってしまったけど、どうやらあまり効果はないようだ。
「そうか。マーサの作る料理はどれも美味いから、楽しみにしているといい。」
と、ニコリと微笑まれてしまった。何だか怒っていたこちらがバカらしくなってきてしまいそうだ。
「アルバート、そろそろ部屋へ行きましょう。」
そう言って2人分の鍵を女将から受け取ると、「ああ、そうだな。」と2人して2階へ上がって行ってしまった。
残された私達は、イケメンのオーラにあてられたかのように、しばし呆然と2人の上がって行った階段を見つめていたが、ドキドキと早鐘をうつ心臓をなだめるのにまだ多少の時間を要しそうだと感じていた。