異変
アシュフィールド城。
そこは、白亜に輝く世界で最も美しいと言われる名城である。
城の周りを囲った運河は王都へと繋がり、城の敷地内にも、幾重にも水路が張り巡らされた水の城である。
その城の中でも象徴的な場所が、中庭だ。
広大な中庭の中央に置かれた噴水には6龍の一翼である水龍の彫刻が王都の方を見守るように置かれ、その龍を称えるように周りに植えられた花々が、四季折々に美しく咲きみだれている。
カツカツカツ…
2つの足音が、早朝の城内に響いている。
ルシュタット村を出て3日目、私とランスロットは城へと到着した。
まだ、日の出前で薄暗く静かな回廊を、私室のある王宮を目指し歩いているところだ。
身支度を整え直した後、直ぐに陛下への報告、会議を開かねばならない。
ランスロットには申し訳ないが、帰宅させている時間はない。普段は城下にある屋敷からの通いで宰相見習いをしているが、城内にある彼の執務室で支度をしてもらうしかなさそうだ。
「おかえりなさいませ。アルバート様、ランスロット様。ご無事の帰還、何よりにございます。」
白髪のモノクルを着けた老者の男が、恭しく頭を下げる。
「ただいま、ダレン。」
彼は、私が産まれる前からこの城で執事を勤めている。私と同い年のランスロットも、幼い頃から父親の仕事に付いて城に来ているから、私達にとっては主従関係以上に付き合いが深い。
「湯浴みと朝食の支度が整っております。」
「ああ、ありがとう。ランスロットの分も頼む。」
「勿論、ご用意してございますとも。」
ニコリと笑んで侍女達に湯浴みにお連れする様指示をだした。
私がわざわざ言わずとも、今後の流れをよみ、先に手をまわしてくれるダレンは、私にも、城全体にとっても無くてはならない存在だ。
「助かる。朝食の後、早速陛下への御報告と会議を開く。手配を頼むぞ。」
「承知致しました。」
再び深々と頭を下げたあと、方々と連絡を取るため燕尾を翻した。
「では、アルバート。ある程度は龍より聞いておるが…。お前の見てきたままの報告と率直な意見を聞こう。先ずは現地調査の報告を。」
大会議室で始まった会議には、私とランスロットの他に、国の最高権力者であり象徴でもある、国王エドガー・アシュフィールド、宰相のセドリック・パルヴァー、騎士団長のウォルター・フローチが席についていた。
「はい。御報告させていただきます。」
一同の視線が私に向いたのを確認し、言葉を続ける。
「事前の情報を元に、国境付近の村や町を調査した結果、水路の水量の明確な減少を確認致しました。このような事は建国以来起きた記録はありません。」
アシュフィールド王国は、リーシェル湖という世界最大の湖を水瓶としている。
そのため、その豊富な水資源を王都だけではなく、国の隅々まで行き渡らせる水路を作り、国民はその恩恵を受け生活に取り入れている。それがここ数週間、減少しているのは何故か。
リーシェル湖の保水量が下がっている可能性が考えられるが、湖自体には今のところ干ばつの兆候は見られない。
が、湖から遠い場所から影響が出ているところをみると、徐々に国全体に広がる危険もある。
「水量減少が確認され始めたと同時期に、獣やモンスターの凶暴化。それらの人里近くへの出現数の増加も起きている。この2つの現象に繋がりがあるのかは今のところ不明ですが、時期が重なっている事を踏まえると何かあると考えるのが妥当でしょう。」
これも、これまで起きた事のない事象だ。
獣の類いは、稀に人里近くに現れる事自体は珍しい事ではない。が、それらが凶暴化し、更に人に危害を加える、となると話は別だ。
さらにモンスターのほとんどは、人との干渉を嫌い、人里離れたところをナワバリとし、人もナワバリには近ずかない事で、無駄な争いを避けてきたというのに…。
「今のところ、凶暴化した獣やモンスターは少数単位で低級なものがほとんどのため、村人や警備隊によって無力化されていますが、動揺が広がっています。」
「ふむ…。」
国王のエドガーを始め、皆が考え込むが、これまでに例のない現象に、その原因のあても無く、一体どこをどうすれば良いのか、探りたいものすら検討がつかない。
「陛下、今は余りにも情報が不足しております。このような天変地異や過去の災いの類いは、専門に研究している者に意見を聴くのが1番。幸い私に、最適な人物のあてがあります。その者を招集し、早急に原因究明に向けて調査させましょう。その者は些か変わり者故、彼との交渉は、是非私にお任せを。」
宰相のセドリックが言う程の変わり者とは一体…。
検討もつかないが、今はどんな情報でも欲しい。エドガーも、セドリックの意見に頷き一任した。
「騎士団としての現状出来うる対応と致しましては、まずは住民に広がる動揺を取り去る事でしょう。凶暴化した獣やモンスターに対応する為にも各町や村への警備隊の増員と、物流を守る為、主要な街道を行き来する商人の警備など、騎士団より人員を配備致します。さらに各町や村において、状況の悪化に備え、警備を強化する為の人員を速やかに獲得出来るよう、冒険者ギルドへ要請し最優先依頼として手配をかけてまいります。」
騎士団長のウォルターは、まだ若いが前任の騎士団長のお墨付きを受けた強者だ。騎士団の長としての仕事に加え、民間組織である警備隊と連携を組み、如何なる自体にも対応出来る組織作りを進めてきた。
今回の対応も、その地道な基礎作りあってこその対応だ。
エドガーも、ウォルターの意見に頷き、アルバートとランスロットに目を向ける。
「アルバート、ランスロット、2人での調査ご苦労であった。しっかりと身体を休める事。次なる対応へ向けて、また働いて貰わねばならないからな。」
エドガーの言葉に、とりあえず了承する。
「承知致しました…。」
原因の究明…。その為には休んでいる場合ではない。
今この瞬間にも、国が、国民が危機に直面しているのだから。
セドリックの知る人物、私もその者に会い、自分の見てきた現状を伝え、対策を取らねばならない。
今現時点で、セドリックに付いて行く気しかない私を、隣りのランスロットが、それを察した目で見ている。全く、私の周りの者は話が早くて助かる。




