それぞれの旅路
「2人には会って行かなくていいのか?」
ジェフの言葉に、後ろ髪を引かれる思いが顔に出そうになる。
「いや、まだ朝早い時間だし、起こしては可哀想だ。」
「世話になりましたね、ジェフ、マーサ。」
朝日がようやく山際に出始めた早朝、見送りをしてくれる2人に、ランスロットと共に別れの挨拶を済ませる。
「あの娘達…。気に入ってたんだろ?」
マーサの鋭さは、昔から変わらないな…。
苦笑いをしながら、馬に括り付けた荷物がぐらついていないか、確認をする振りをして誤魔化した。
「縁があれば、また出会える事もあるだろう。」
「そうだよ。あの娘達…。ひと目見た時から不思議な何かを感じるんだ…。それが何かはわからないけど。きっと、また出会えるはずさ。」
だから諦めるんじゃないよ!と、背中をおされてしまった。
「ありがとう。では、また…。2人ともお元気で。」
馬を駆り、再び王都を目指す。
全身に風を浴びながら、徐々に意識が研ぎ澄まされていくのを感じる。
先ずは、今我が国に降りかかりつつある災いを払わねばならない。
おそらく、ランスロットも同じ気持ちだろう。
順調に行けば3日目の朝には王都に入れるはずだ。
今はただ、前を向いて進むしかないのだから。
「ふあぁぁ。くぁ…。おはょうございます。」
「おはよう。伊織。」
相変わらず朝弱いのね。と、史絵さんに笑われる。
史絵さんはまだ部屋着のままだが、私達のワンピースにブラシをかけながら待っていてくれたらしい。
「朝食をいただきに行きましょ!お腹すいちゃったわ!」
顔を洗って、髪を梳かし昨日のワンピースに着替える。着替えくらい昨日買っておくべきだったかな。と思いつつ、アルバートさん達は早朝に出ると言っていたし、もう宿を出ているはずだ。
(よかった…。昨日と同じ格好を見られずに済んだ…。)
階下へ降りて行くと、マーサさんがフロントに花を飾っているところだった。
「おはよう!良く眠れたかい?すぐ朝食を出すから、食堂で待っていておくれ!」
そう言って、キッチンのほうへパタパタと入っていく。
食堂の、昨日と同じテーブルに座ると、朝日というには高くなりすぎた陽の光と、窓からの柔らかい風が、今日はいい天気になると教えてくれているようだ。
「なんだか、昨日の事が夢のようですね。」
なんだかぼーっとしてしまいそうになる。
宿のベッドで目を覚まして、天井を見た時、いつものアパートのじゃない…という、今日からはこの世界が現実なんだ…。ってあらためて実感させられてしまった。
「さぁ!召し上がれ!」
マーサさんが出してくれたのは、フカフカのオムレツにカラフルな野菜の入ったスープ、ハードなパンに…。これは…。
「昨日頂いたロランアップルをコンポートとジャムにしたんだよ。」
「ええ!?すごい!!」
薄いピンク色をしたコンポートには白いクリームが添えられジャムはパンの横の小さな器に盛りつけられていた。
「「いただきます!」」
スープをひとすくいして、口に運ぶ。
「いただきます…。ってのは何だい?」
「私達の国の、食事の前の挨拶です。命を頂く事への感謝の気持ちを言葉にするんです。」
なるほどねぇ!と、マーサさんは感心した様子だ。この世界にはないのかな?と思っていたら、向かいの史絵さんが驚きの声をあげる。
「このスープ!出汁がすごいです!薄味なのに旨味が深くて…。この出汁は……もしかしてベジブロス?」
「おや、本当に料理が好きなんだね。その通り!野菜の皮や切れ端を煮詰めて出汁を取るんだ。皮やヘタには栄養と旨味がたくさん入ってるからね。無駄にはしないさ!」
「すごい…!この世界にも同じような調理法があるんだ…!」
……。え…。史絵さん?
空気が止まる。
「この世界にも…?」
マーサさんも、さすがに聞き返す。
「あ……。」
史絵さんが、ヤバい…という顔になるが、あんなにはっきり言ってしまっては、言い直すのも難しい。
「えっと…。何と言うか…。」
「世界…というか、国って言うか…。」
2人でアワアワとなっていると、マーサさんがふむと腕を組んで分かった。と呟いた。
「朝食、しっかり食べておいておくれ。旦那を連れてくるから。大丈夫、騒ぐようなマネはしないさ。安心おし。」
そういうと、パタパタと食堂を出て行ってしまった。
「ごめん…。伊織…。」
「仕方ないですよ!いつかは誰かにバレる日がくるとは思っていましたし。」
まぁ、2日目にしてバレるとは思ったより早かったけど。
「それに、マーサさん達なら、私達に害をなすような人達には見えないし…。きっと、大丈夫です!」
朝食、食べましょ!と、再び食事を再開する。
マーサさんが作ってくれた朝食は本当に美味しくて、コンポートもジャムも、どれも優しい味がした。
まるで料理に人柄が出ているようだ。
数分後、ジェフさんを連れたマーサさんが帰ってきて、食堂で、事のあらましを話した。
「はぁ〜〜〜。なるほど…。と言っても信じられない内容だが、お前さん達の昨日の様子やその姿を見れば、つじつまは合ってるし、合点もいく。」
ジェフさんも、驚いた様子だが、やっと納得がいったというような感じが強いらしい。
「お前さん達が初めて降り立ったという、岩の祭壇は、昨日アルバートが話て聞かせた物語にも出てくる。光の柱が暗雲を貫き…ってやつだ。彼処が、光の柱が出現した場所と伝えられている。」
「ええ!?そうだったんだ…。でも、今は暗雲ってかかっていないですし、平和ですよね?」
私の質問に、ジェフさんが少し考え込む。
「ああ、確かに今は平和だが…。アルバート達がウチへ寄ったのは、単なる旅行じゃない。どうやら最近国境付近で、きな臭い事が起きてるらしい。その調査の帰りだと話ていたが…。どうも、引っかかるな…。アイツらと、お前さん達がここで出会ったのも何か…。」
何だか、深刻そうな話になってきて、空気が重くなる。
「そんなに考え込むんじゃあないよ!これでも飲んでリラックスしな!」
マーサさんが、お茶を出してくれた。
これ…
「アップルティーだ!」
ふふふっとマーサさんが笑う。
「紅茶にロランアップルのジャムを少し入れたんだよ。」
「本当にマーサさんってお料理上手ですね!私、弟子入りしたいくらい…!」
「嬉しいねぇ!こんな子がウチの息子の嫁になってくれりゃあ最高なんだがね!」
はははっと笑う。そっか、マーサさん達にはそんなお年頃の子供がいるんだな…。
横で考え込んでいたジェフさんが私達を見て話始める。
「とりあえず、2人は町で旅装備を整えておいで。その間に、王都にいる知り合いに紹介状を書いてやろう。それを持って王都へ行くんだ。アイツは信頼出来るやつだ、君達の助けになってくれるよ。」
ジェフさんの言葉に、私達は頷いた。
この人たちは信頼出来る。きっといい方向に向かってる!そう感じるもの!
「さぁ!そろそろ店も開き始める時間だよ。買い物へ行っておいで!」
「「はい!」」
アップルティーをコクリと飲み干して、出かける準備をした。
まずは、服装と武器だ!
宿の扉を開いて外へ出た。眩しい光の中、石畳を2人で歩く。
もう前に進むしかないんだ!なんとかなれ!!!