月夜に想う
ガチャリ…。部屋の扉を閉めてふぅ…。とため息をつく。
少し言い過ぎただろうか。
アルバートが、1人の女性にあれほど興味を抱いたのには正直驚いた。最初は、貴族の令嬢とは違う反応を楽しんでいるのかとも思ったが、私の授業に割って入って来た時のアイツは確実に私に嫉妬していた。
自覚がないのかと、部屋に入る前につい言ってしまったが、どうやら自覚はあるようだ。
まったく…。あれだけ夜会や茶会の席では数々の女性達を軽く受け流しておきながら、初めて興味を抱いたのが庶民の娘とは…。
「お前だって、シエ嬢に興味を持っていたんじゃないのか?」
私も、人の事は言えないか…。
最初、私のフロントでの物言いにあからさまにイヤミで返してきた時は、女性の割には強気な事だとそれくらいの気持ちしか抱かなかった。
ジェフに、授業をと言われたときも、何故私がとしか思わなかった。
だが、マーサに料理の仕方を真剣に聞いている姿に、貴族の令嬢にはない魅力を感じてしまった。
貴族の令嬢は、自ら料理をする事はないし、提供される料理にも気持ちはない。出されて当たり前だし、美味しくて当たり前なのだ。
彼女達が興味があるのは、珍しさ、貴重さ位のもので、いち早くそれをキャッチして、広めるかに尽きる。
私は、小さい頃にマーサが作る料理をいただき、ジェフの採ってきた食材を口にしていた経験から、いかに採ってくるのが大変か、作るのにどれだけの手間と時間がかけられているか、その有難みを知るという経験が出来ていたから、夜会や茶会で彼女達の話を聞いても、気持ちは動くことは無いどころか、冷めた気持ちで聞いていたものだ。
だが、シエ嬢は、その料理にかかる手間や美味しく作るための知恵など、本当に料理の有難みを知っている者の話し方で、マーサに質問し、絶賛していた。
ただそれだけの事だが、今までのどの女性よりもその姿を魅力的に感じ、やっと私と似た考えを持つ女性に出会えたような気持ちになってしまったのだ。
そう感じてしまったら、気持ちは止まらなかった。
彼女の艶やかな黒髪も、宝石のような赤い瞳も、その目に私を映して欲しかったが、とうとう食事中は目が合うことはほとんど無かった。
まぁ、最初にイヤミのような事を言ってしまったのだから仕方がない。
席を替えてソファに移動してからは、より近くに彼女を感じる事は出来たが、いかんせん同じソファに座っているはずなのに姿勢を正したまま、どうも一定の距離をとろうとしているようだ。
そこまで嫌われてしまったのだろうかと、楽に座るようにすすめてみる。
ソファに深く座り直した彼女がチラリと私を見てくれた。すぐに視線を外されてしまったが、耳が赤い…。
どうやら嫌われてはいないらしい。
たったそれだけの事に浮き足立って、それからはアルバートの話もそこそこに聞きながら、隣りのシエ嬢を眺める事に時間を費やした。
どうせ、もう会うことはない…。
そう考えると、今宵の出会いが奇跡のような気がして、夜が明けなければいいのにと。月がかなり傾くまで夜空を眺めては彼女の横顔を思い出していた。