アルバートとランスロット
小一時間ほど前からになるだろうか、私達は馬を休める為にルシュタット村を訪れている。
国境付近で最近頻発している事象の調査で、王都をはなれ、はや1週間と3日。現地での調査を終えて王都への帰還をする為に休憩も惜しんで馬を走らせて来たが、流石に馬の疲労の蓄積と、自分達の体力を回復させる為に村での休息をとることを進言し、こうして宿に入る事が出来た。
この村で宿を出しているジェフとマーサ夫妻は、私達が子供の頃からの付き合いもあり、この村でなら、アルバートも休息を取る事に了承するだろうと考えての進言だったが、私も2人に久しぶりに会いたいと思っていたので一石二鳥だ。
現地の状況を、自らの目で確かめると言って聞かないアルバートを護衛する為に同行したのは私一人。通常なら、さらに近衛騎士を数人同行させるところなのだが、現地からの報告と、最小人数で移動したほうが目立たずトラブルを回避しやすいとアルバートが言って聞かず、たった2人での遠征となってしまった。
アルバート・アシュフィールド。私の主にして、親友であり、アシュフィールド王国の第一王子。
私は、この国の宰相を務める父の下に付き、宰相見習いとして宰相業務を手伝いながら、アルバートを主として世話役も務めている。
第一王子として、第一王位継承者として、自覚があるのかないのか…アルバートの無鉄砲な行動には慣れっこのつもりなのだが、毎回世話が焼ける。まぁ、それに付いていけるのは私くらいのものだと、悪い気はしないのが無鉄砲さが治らない原因のひとつなのかもしれないな、と少し反省させられる。
「馬を繋いでくるから、宿へ入っていてくれ。」
との、主の命で先に宿へ向かい、ドアを開けて中へ入ると…。丁度先客が来ていたところらしく、マーサがフロントで応対しているところだった。
「失礼する。女将、部屋は空いているか。」
空室があるか、念の為確認をしながら、チラリと先客を見やれば、歳は10代後半か、若い女性の2人組で長旅をしている様には見えない格好に、一抹の違和感を覚えたが、まぁ、私には関係ない。が、夜中に騒がれては面倒だというのと、アルバートの護衛も考えると、出来るだけ遠ざけておいた方がいい事は言うまでもない。アイツの見た目は、無意識にも女性を惹き付けてしまうからな…。と、面倒な事だと思わずため息が出そうになるが、既のところで堪える。
私が、マーサとやり取りをしていると、すぐにアルバートが入ってきた。
どうやらアルバートも、マーサとの久しぶりの再会を心から喜んでいるようで、やはりここへ立ち寄って正解だったなと独り安堵した。
が、この場に長居は無用だ。
「夜は静かに致しますからご心配なく。」
キロリと、黒髪の女性に睨まれてしまったが、瑣末な事だ。
「アルバート、そろそろ部屋へ行きましょう。」
主を2階へ促したあと、部屋の前で鍵を渡す。
「では殿下、私は隣の部屋におりますので、入り用の際にはお声かけください。」
勝手に出歩いたりしないでくださいよ!と念をおすと、
「ああ、分かってる。」
と、アルバートは苦笑いだ。子ども扱いするなと言いたいのかもしれないが、油断ならないのがアルバートだ。
「では、また夕食の時に。」
と、主が部屋に入ったのを見送ったあと自分の部屋へ向かう。
まずは早く汗を流して、今夜は久しぶりのマーサの作る食事をゆっくりと堪能しよう。
部屋のドアを開けると、窓から入ってきた夕焼け色の風が私の髪をさらりと撫でた。