最初の晩餐
「あの…女将さん、これよかったらどうぞ!」
早速階下へ降りてきた私達は、今日八百屋で買ったばかりのロランアップルを、女将さんにおすそ分けですと手渡した。(流石に12個も消費するのはムリだった。)
「こんなにたくさんいいのかい!?」
と驚いていたが、旬の初めのおすそ分けを喜んで受け取ってくれた。
マーサでいいよ、と笑顔でテーブル席に案内してくれようとしたが、私達のたっての希望でカウンター席にしてもらった。だってテーブルだとイケメンがチラチラ見えて落ち着かなさそうだし、せっかくならマーサさんとお話をして、この世界の情報を少しでも得たいという気持ちもあったからである。
食堂を見るとまだ2人は降りてきていないようだった。
「何か飲むかい?」
と聞かれたが、よく分からなかったので「料理に合うお酒をおすすめで」、と頼んだ。
マーサさんからグラスに注がれた食前酒が出されて、奥から前菜が運ばれてくる。
「どうぞ。」
運んで来てくれたのは、白いエプロンを付けたガタイのいい妙齢の男性だ。「私の旦那さ!」とマーサさんが紹介してくれた。名前はジェフさんといって、主に食材の調達と、マーサさんの調理を手伝っているらしい。今でこそ2人でこの宿を切り盛りしているが、昔はジェフさんは腕利きの冒険者として活躍し、マーサさんとの結婚と出産を機会に冒険者を引退、今はこの村で宿と狩猟を生業として穏やかに暮らしていると話をしてくれている…と、2階からイケメン2人が食事を取ろうと降りてきてきた。
「やあ、ジェフ!!久しぶりだな!」
アルバート、と呼ばれた男性が、満面の笑みでジェフさんに声をかけた。
「ああ、変わりなくやってるよ。アルバートもランスロットも元気だったか?」
と、2人との再会を喜ぶジェフさんに、ランスロット、と呼ばれた男性が
「いつもアルバートの行動には悩まされていますよ、相変わらずね。」
と、あまり困った風ではなく答えた。
やはり、2人と夫婦は既知の仲らしい。
私達がそのやり取りを横目に前菜をつついていると(何これ、めちゃくちゃ美味!甘みのあるトマトに岩塩とオイルがかけられて、少し苦味のある緑色のシャキシャキの何かの茎にクリーミーなポテトのソースかかけられてこれだけでお酒がすすむ!)。
「また会ったね。」
と、アルバートさんの方が私達に挨拶をしてくれた。
「どうも。」
と軽く頭を下げながら、失礼にならない程度に視線を外した。やはり直視するには眩しすぎる。
2人は奥のテーブルに案内されて、マーサさんにお酒と料理を頼んでいる。
「ところでご主人、冒険者をしてた時の事を参考までに教えて頂きたいんですけど…。」
と私が切りだす。
ジェフでいいよ、と言いながら、「何だい?」と促してくれる。
「私達、この世界に残る伝説や伝承を調べる旅をしていて…。そのような情報や知識の得られる国や街をご存知ないですか?」
ほぅ…。と私達の旅の目的に驚いていたがその後、う〜ん、と顎に手をやり考えてくれる。
「お嬢さんがたが知りたい伝説や伝承がどういった内容のものなのかにもよるが、この国のっていうなら王都にある国立図書館が1番だろうな。あそこなら色んな年代の豊富な蔵書の中にそういった本もあるだろう。他の国もってんなら…。ブルンクデール国だな。この世界の知と理をあつめた宗教国家だ。今は渡航困難と聞くが…。」
「なるほど…。」
私が、相槌を打つ。
伝説や伝承を調べたいと言ったのには訳がある。目的となっている【救済】とは何なのか。それを突き止める為に、私達は過去に似た事例はないか、という事に一縷の望みをかけていた。
光の玉の言っていた、「この世界に存在出来るのは、その時に召喚された魂のみ。」という言葉には、過去という話は出てこなかった。という事はつまり、今は私達が存在しているが、過去に救済せよと送り込まれた人達がいた可能性はゼロではない。という仮説が立つのではないかと。
もし、【救済】が行われていれば、それが英雄譚や伝説、伝承となって今に語り継がれている可能性がある。それを紐解けば、私達が成すべき事が見つかるかもしれない。
私はグラスのお酒をクィと飲み干して、しばし考えにふけり、おもむろにずっと考えていた質問を繰り出した。
「ところでジェフさん……。…この国の名前って何ですか?」
真剣に考えていた私の直球の質問に、ジェフさんが「へ!?」と呆気にとられた表情をされたが、それと同時に後ろのテーブル席からガタタッと大きな音がした。
横の史絵さんまで呆れた顔をしているが、史絵さんも知らないはずだし知りたいはずなのに…解せぬ…。
と、私はトマトの最後の一切れを頬張った。