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エグバート、頑張る 2

 シェリルの妊娠が分かり、エグバートは自分でできることがないだろうかと、考え始めた。


 まず彼は子育てに関する本を取り寄せ、休憩時間にしっかり読み込むようになった。

 そして屋敷の女性使用人たちに教えを請い、「父親としての心得」を学ぶことにした。


「よろしいですか、若旦那様。これから先、お嬢様はお腹の中で一つの命を育んでいかれるのです」

「しかしそれは、容易なことではありません。個人差もありますが、妊娠中は体が辛くなったり、感情の振れ幅が大きくなったりもします」

「普段なら笑って聞き流せることなのに、つい涙がこぼれそうになったり怒ってしまったりしてしまうかもしれません」

「そういうとき、若旦那様がどんと構え、お嬢様を受け止めて差し上げるのです」

「多少八つ当たりをされようと我が儘を言われようと、寛大なお心で受け止めるのです」


 女性たちに囲まれるエグバートは真剣な顔で話を聞き、一生懸命メモを取っていた。

 傍目から見ると屋敷の若旦那が女性使用人たちに集団リンチされているかのようだが、皆真剣なのである。


「そして同時に、お嬢様のお腹にいらっしゃるお子様のことも考えるのです」

「若旦那様には、旦那様やお嬢様がいます。しかしお腹のお子様には、お嬢様しかいないのです」


 四人の子を育て上げたメイドの言葉に、エグバートは衝撃を受けた。


 確かに、自分は孤独だ――と若い頃は思っていたが、そうではない。

 守ってくれる人、支えてくれる人、少々失敗しても見逃してくれる人――そして、愛してくれる人がいる。

 たくさんの人の手を借りながら、エグバートはやっていけているのだ。


 だが、シェリルの腹の中で育っている子を直接的に守ってあげられるのは、母親であるシェリルしかいない。

 ならば――エグバートは間接的にでも子を守り、同時にシェリルをもいたわり守らなければならない。


 ぐっ、とエグバートは拳を固めた。彼の手の中で、繊細なペンが悲鳴を上げている。


「……私の見解が、甘かった。私はもう騎士ではないが、妻と子を守るべく、この身を捧げなければならない……」

「少々大げさではあるが、まあそんなところです」

「了解した。……シェリル、私を頼ってくれ。私は、よい父になるぞ!」


 エグバートは朗々と宣言し、拳を天井に向かって突き上げた。

 ほぼ同時に、彼が手にしていたペンが真っ二つに折れた。













 書物による勉強と、出産経験者による講話だけでなく、エグバートは男性からの意見も聞くことにした。


「うーん……カミラたちが生まれたときのこと、ね……」

「はい。そのときの女王陛下のご様子や殿下の対応など、お聞かせいただければ」


 エグバートの正面の席では、エンフィールド王国の王配殿下であるテレンスがのんびりと茶を啜っている。

 テレンスはあの剛胆な女王の夫であり、三人の子を持つ父親でもある。多忙な妻を支え、しかも子どもたちへの教育も怠ることのないテレンスならば、よい話を聞けると思ったのだ。


 ちなみにエグバートの隣には、義父であるディーンもいる。エグバートが一応彼にも声を掛けたところ、二つ返事でついてきたのだ。


 テレンスはカップを置くと、「そうだねぇ」とのんびり言った。


「カミラたちが生まれた頃、私たちはまだ地方都市で暮らしていたから、君たちとはちょっと状況は違うけれど……マリーアンナが一番楽な気持ちになれることを考えて行動した、かな?」

「楽な気持ち……」

「君も屋敷の使用人から教わったみたいだけど、確かにマリーアンナもいきなり私に当たってきたり泣いたりしたよ。気分が悪そうにしていたから背中をさすったら、『触らないで!』って叩かれたこともある」


 おっとりとテレンスが語る内容に、エグバートは唾を呑んだ。


 シェリルはあまり負の感情を出さないので、エグバートに本気で怒鳴ったり八つ当たりしたことはない。むしろエグバートとしては、シェリルにされるのなら張り手でも蹴りでもご褒美になる。


 だが――妊娠で心が不安定になった妻に叩かれたり、罵倒されたりしたら、どうすればいいのか。


「……そのとき、王配殿下は?」

「絶対に、マリーアンナを責めなかった。……彼女は昔から活発で手も早いほうだったけど、カミラたちがお腹にいた頃の彼女はちょっと違った。……私も不安だったけれど、マリーアンナの方がずっと不安だし、自分の感情に戸惑っていたことだろう」

「……」

「最初にマリーアンナに叩かれた次の日、涙を流しながら謝られたんだ。……でも、謝らなくてもいい、君は赤ちゃんを育てるだけ十分頑張っている。君の感情は私が受け止めるから、罪悪感を感じなくていいんだよ、と声を掛けたんだ」


 テレンスは昔を懐かしむようにゆったりと言うが――当時の彼は、どんな気持ちだったのだろうか。


「私たちの場合は、子どもが生まれてお互い落ち着いてから、ゆっくり話し合ったよ。マリーアンナはやっぱり後ろめたく思っていたから、大丈夫だ、と言った。……まあ、私がしたのはそれくらいかな」


 彼は「それくらい」と言うが……きっと、全ての男性ができることではないだろう。

 エグバートはすうっと息を吸い、深く頭を下げた。


「……ありがたいお話を聞けて、勉強になりました」

「どういたしまして。……まあ君はとても真面目だしシェリルに惚れ込んでいるから大丈夫だろうね。むしろ君の方が自分を追いつめないかの方が心配だから、息抜きはちゃんとすること。ディーンも、シェリルだけでなくエグバート殿のことも見てあげるんだよ」


 それまでずっと黙っていたディーンだが話を振られ、すぐに頷いた。


「……ああ。俺にできることは少ないだろうが……少ないながらに手を貸すし、吐き出したいことがあるならいくらでも話を聞く。……テレンスの言うとおり、根を詰めすぎるな」

「……はい。感謝します、男爵」


 エグバートは隣に座る義父を見、微笑んだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] >ほぼ同時に、彼が手にしていたペンが真っ二つに折れた。 ペンさんのご冥福をお祈りいたします。 >むしろエグバートとしては、シェリルにされるのなら張り手でも蹴りでもご褒美になる。 嫁限定とは…
[良い点] さすがに国中の誰もが畏敬の念を抱く マリーアンナ様の旦那様のテレンス殿下… おっとりしているようでたくましい。 本文中にもありますが、簡単に言ってふるまってる ことが誰もができることでは…
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