二人の出会い
革命戦争時代の、エレンと口の悪い青年騎士の話。
テントの中で薬草をより分けていたエレンは、ある程度作業のめどが立ったところで立ち上がり、うーん、と大きく伸びをした。
ずっと座っていて、しかも背中を曲げていたので体が悲鳴を上げている。
選別作業は一旦中止して、凝り固まった体をほぐすためにも少し表を歩いた方がよさそうだ。
テントの垂れ布を捲ると、柔らかな日光が差し込んできた。ずっと薄暗いところで作業をしていたので時間の感覚がなく、今が真っ昼間だというのをやっと思い出す。
エンフィールド王国王家の血を継ぐマリーアンナ率いる革命軍は現在、草原地帯を駐屯地にして休憩をしている。
一年間での短期決戦を狙っており、最初はかなり厳しいスケジュールだと思われたものだが、エレンたちの予想をいい意味で裏切り、革命軍は順調に王都への道を確保している。
最初は数百人程度の集まりだったこの軍も、今では千人単位の大所帯に成長していた。
それはもちろん、横暴な国王に反旗を翻すべく志を同じくした者たちが集まったからということもあるが、他国からの支援も大きい。
エンフィールドの人間は総じて髪や目の色が濃いめで、背が低く細身の者が多い。もちろん例外もおり、革命軍随一の戦士で「暴走馬車」と呼ばれている男なんて、見上げるほどの巨躯に酒瓶のごとく太い腕を持っている。
だが、少し前に革命軍に加わったリュドミラ王国の騎士は、そもそも骨格が違った。
彼らは筋骨隆々としているだけでなく総じて背も高く、山岳地帯での戦いを得意としている。雪国出身だからか暑さにはめっぽう弱いが、足場の悪い中での戦闘や雨で視界が遮られる中での行軍などにも慣れており、マリーアンナも頼りにしていた。
そんな彼らは色素が薄めで、髪は金髪や銀髪が多い。目も淡い色合いの者が多く、黒髪に濃い紫色の目のエレンはかなり目立ったようで、これまでにも何度か物珍しそうに声を掛けられたことがある。
(ま、まあ、男の子と間違えられるけれどね)
肩先で切りそろえた黒髪を撫でながら、エレンは肩を落とした。
長髪は邪魔になるので、エレンは革命軍に加わる前に長かった髪を切り落とした。カミラはたいそう残念そうにしていたが、髪ならその気になればいつか伸ばせる。
(そういえば、カミラはどこにいるかな)
マリーアンナの娘であるカミラはエレンの従妹だが、面倒事を避けるためにエレンとの血縁関係は伏せられている。そういうことで、エレンは従妹の体調管理をするただの魔法薬師として接していた。
今日の分の薬は処方したが、一応体調を聞いておいた方がいいだろう。
(この時間なら、シェリルたちと一緒にテレンス叔父様の魔法の授業を受けている頃かな)
残念ながらエレンには魔法の才能がほとんどなかったので、彼女らの講義に加わっても足手まといになるだけだ。
駐屯地を歩いていたエレンはふと、やけに線の細いリュドミラ人の騎士を見かけた。
これまでエレンが薬を渡したり一緒に作業をしたりしてきたリュドミラ人は皆、エレンが見上げなければならないほどの長身を持っていた。
そういうものだと思っていたのだが、今エレンの前方を横切ろうとしている騎士は小柄で、細い。まだ若いのかもしれない。
しかも――かなりの美形だった。
つんと鼻が高く、リュドミラ人らしく顔の彫りが深い。何かの手伝いの帰りなのか空のバケツを持つ手も大きくて、小柄で若そうではあるが成人済みの男性なのだと分かる。
思わず、エレンは彼をじっと見てしまった。
歴戦の戦士が、それに気づかないわけがない。
青年騎士が、さっとこちらを見た。真正面から見たその顔は驚くほど美しく、エレンは思わず彼の美貌に見入ってしまう。
――最初、青年は目を瞬かせてエレンを見返していた。
だが徐々にその眼差しが険しくなり、彼はバケツを側に置くとエレンの方に来て、ずいっと詰め寄った。
彼との距離、拳一つ分ほど。
思いがけないほどの高速で思いがけないほどの至近距離まで迫られたエレンは、思わず口元を手で覆ってしまう。
青年はそんなエレンの仕草にぎゅっと眉根を寄せると、薄い唇を開いた。
「おい、おまえ。なんだその目は。鬱陶しい」
「……。……は?」
低い声まできれいだ、と思った一秒後に吐かれた言葉に、エレンの気持ちが急降下した。
そのままエレンは数秒固まってしまったが、間もなく我に返った。
(う、鬱陶しい? なにこの無礼な男!)
確かに、じろじろ見るのは失礼だっただろう。
だが――鬱陶しい、とまでは言わなくてもいいではないか。
「し、失礼なっ!」
思わずエレンは謝罪よりも先に反論してしまい、それがますます相手の騎士の神経を逆なでさせてしまった。
彼はじろっとエレンを睨むと、「……んだと」と唸る。
「……おまえが初対面の人間をじろじろ見ているからだろう。まさか、そんな細い体で戦うというのか?」
「戦いません。魔法薬師です」
もはや退けなくなったエレンが強気に言い返すと、彼はハッと鼻で笑った。
「ああ、なるほど。……てっきり革命軍に洟垂れの小僧が迷い込んでしまったのかと思った。これは、失礼した」
「だっ、誰が洟垂れ小僧!?」
「おまえだ」
「……本当に失礼っ!」
エレンがくわっと噛みつくが、騎士はなおも小馬鹿にしたように笑うと数歩下がった。
「……戦う力がないのなら、引っ込んでいろ。ちょろちょろされると、間違えて俺の剣の錆にしてしまうかもしれないぞ?」
「へー? リュドミラの騎士様は誇り高く戦闘能力も高いということだけれど、無力な小僧を間違えて斬ってしまうほどうっかりさんなのかな?」
「……なんだと」
それまでは若干優勢だった青年が、小鼻をひくつかせた。
まだ彼は若いのか、エレンの下手くそな挑発にも乗ってしまったようだ。
「貴様、今の言葉を取り消せ」
「だったらそっちも、失礼なことを言った点を謝ってくれる?」
「……」
「謝りたくないのなら、こっちも前言撤回しないけど?」
「……貴様っ!」
かっとなった騎士は手を出そうとしたが、はっとしたように引っ込めた。このままだとエレンの挑発通り、「うっかりさん」の烙印を捺されてしまうと気づいたようだ。
青年が悔しそうに引き下がったので、エレンはふんと鼻を鳴らしてやった。
それにまたかちんときた騎士が「このクソガキが!」と罵倒し、「どっちがクソガキなの!?」とエレンも言い返したあたりで、リュドミラ人の騎士が仲裁に入り、一発殴られた青年はずるずると連行されていった。
(……あー……やってしまった)
騎士たちがいなくなってから、エレンはやっと冷静になった。
そして、協力し合う関係であるべきリュドミラ人と喧嘩してしまったのだと気付き、後悔で胸が押しつぶされそうになった。
(……謝らないと。あ、でも、もう連れて行かれたし……明日になるかな……)
きれいな顔なのに口が悪い騎士のことを考えると、胃のあたりが痛くなる。
全く好きになれない相手だが、仲間である以上、いつまでも威嚇しているわけにはいかない。
(……早めに謝って、それで終わりにしよう。どうせあっちも、私とこれ以上関わりたくないって思うだろうし)
エレンはとぼとぼとテントに戻った。
一旦薬草を片付けてから、カミラを探しに行こう、と考えながら。
このときのエレンは、想像もしていなかったのだが。
彼女は翌日すぐに謝りに来た青年騎士とお喋りする仲になり、革命が終了して三年後に二人は運命的な再会を果たす。
そしていずれ、心から愛し合う夫婦になるのだった。