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届かない声 4

 アデーレがフィオレッラと共にエンフィールドに渡り、もうすぐ七年が経とうとしていた。


 長男レイモンドは五歳に、次男エドガーは二歳になり、キャラハン侯爵家は子どもたちのはしゃぐ声と使用人たちの笑い声に包まれるようになった。


 そしてその頃、やっとアデーレの胸を攻撃してきた棘が消えることが起きた。

 フィオレッラが、懐妊したのだ。


「……きっとフィオレッラ様は、大丈夫ですよね」


 子どもたちを連れて散歩に出かけていたアデーレが呟くと、隣を歩いていたオズワルドは頷いた。


「……俺も、王妃殿下のためにできることはする。おまえも、まめに会いに行ってやるといい」

「ありがとうございます。……フィオレッラ様は、レイモンドとエドガーにも会いたがっていましたからね。昔から、子どもが好きなお方だったのです」

「……そうか。それは、いいことだ」


 オズワルドの相槌に、アデーレはふわりと微笑んだ。


 フィオレッラの腹の子が王子であるか王女であるかは、まだ分からない。

 だが一時は妾妃・マーガレットの天下になりそうになったこともあったが、オズワルドの熱心な声掛けにより国王はマーガレットだけでなくフィオレッラのことも大切にするようになり、手紙にも嬉しさが滲んでいるようだった。


 もちろん、マーガレットの産んだウォーレス王子のことは気になるし、これから先で王位継承問題が勃発するかもしれない。

 だがマーガレットはあまり物事を深く考えないようであるし、国王もフィオレッラへの態度を改めつつある。


 きっと、うまくいく。

 アデーレもフィオレッラも、幸せになれる。


「お父様、お母様。エドガーと一緒に、あっちに行ってもいいですか」


 レイモンドがそう言って弟の手を引き、散歩道の向こうにある噴水を手で示している。

 レイモンドはエドガーのことが可愛くて仕方がないようで、こうして「おにーしゃま」として活躍したがっていた。


 噴水は子どもたちだけで近寄るのは危険だが、周りには使用人たちがいる。

 アデーレがオズワルドを見ると、彼は頷いた。


「ああ、気を付けて行ってきなさい。ただし、使用人たちと手を繋ぐこと」

「いきなり走ったりしないのよ」

「はい! 行こう、エドガー!」

「いきゅ!」


 両親の許可を取った兄弟はきらきら笑いながら、噴水の方へ向かった。活発な子たちだがきちんと言いつけを守り、使用人たちに手を取られている。


 ほうっとため息を吐いたアデーレを、オズワルドが見てきた。


「……どうかしたのか」

「いいえ。……とても、幸せだと思って」


 エンフィールドは平和な国ではないが、今は穏やかな時間を過ごせている。残虐で知られた国王は今は妃たちや子どもたちのことで一生懸命になっているようだ。


 ……一年前に国王がアディンセル公爵家を断罪したときには、アデーレも戦慄した。だが、「公爵家は陛下への不敬罪を働いた」とオズワルドが言っていたのだから、その言葉を信じている。

 国王が――ずっと邪魔に思っていた姉を始末するべく、冤罪を掛けて処刑したのでは、という噂も流れたが……そんなことはない、と信じている。


 アデーレは、幸せだ。

 だがその幸せが少し怖くなることがあり……無性に、寂しくなった。


 アデーレが遠慮がちにオズワルドのジャケットの裾を掴むと、彼は何も言わずに腕を伸ばし、妻の肩を抱いた。

 オズワルドは、息子たちを見ている。


「……二人とも、元気に育ったようで、よかった」

「そうですね……」

「レイモンドはおまえと同じ髪を、エドガーはおまえと同じ目を持っている。……俺は、それだけで十分だ」


 オズワルドの言葉に、アデーレはゆっくり顔を上げた。

 結婚直後、彼は「キャラハン侯爵家の容姿を持つ子を産め」と言っていた。それも、レイモンドが生まれてからは滅多に言わなくなったが――彼はもう、自分に似た子にこだわらなくなっていたのだ。


 アデーレにじっと見られ、オズワルドは目を細めると、一つ咳払いした。


「……だが……アデーレ」

「はい」

「俺に似た子も、ほしいと思ったが……俺は、おまえによく似た娘がいてもいいかと思っている」


 夫の言葉に、アデーレはハシバミの目を丸くした。

 オズワルドは視線を逸らしたまま、妻の肩を抱く力を少しだけ強くした。


「……男児だと、エンフィールド風の名前を付けるしかない。だが女児なら、そういう制限もない。……もし娘が生まれたら、おまえの故郷の名を付ければよいのでは、と考えている」

「旦那様……」


 アデーレは、ぎゅっと夫に抱きついた。

 オズワルドは何も言わなかったが優しくアデーレを抱きしめ、慈しむように髪を撫でてくれた。













 王妃フィオレッラが待望の第二王子を産み、その子がエグバートと命名された頃、アデーレは三度目の懐妊をした。

 少し生まれは前後するが、もしよければエグバートの乳母になってくれないかと、アデーレはフィオレッラから相談されていた。


「この子が大きくなったら、エグバート殿下の側近になるでしょうか」

「男児なら……そうだな。年も近いし、よい友人になれるだろう」


 ソファに座るアデーレの隣で、オズワルドが穏やかに言っている。

 先ほどまで周りで「次は妹がいいです!」「おとうとがいい!」と興奮するレイモンドとエドガーがいたのだが、侯爵夫妻の邪魔をしてはならないといって、使用人たちが連れて出て行った。


「女の子なら、どうしますか? もしかすると……殿下のお妃候補になったり?」

「むっ……そ、それは……生まれてみないと分からないだろう」


 アデーレがくすくすと笑うと、オズワルドは不機嫌そうに視線を逸らした。

 息子のことなら寛容になるのに、彼はまだ生まれてもいない娘に関しては少々過保護になっているようだ。


「……どちらにしても、キャラハン侯爵家の者として立派に育てるだけだ」

「ええ、そうですね。フィオレッラ様から乳母になるお誘いを受けていますし、今度はこの子を、私のお乳で育てたいです。いいですか?」

「……無理だけはするな」


 エドガーまではずっと乳母に預けていたので、次の子はアデーレも積極的に子育てに参加したいと思っていたのだ。これまでずっと安産だったこともあるし、三人目となればかなり余裕ができるはずだ。


 腹を撫でていると、その手に夫の大きな手が重なった。


「……男の子だったら、ジャレッド」

「女の子だったら、ジェルトルデ」


 それが、二人で決めた名前。

 男の子でも女の子でも、どちらでもいい。

 髪の色や目の色がどちらに似ていても、構わない。


 アデーレが産んだオズワルドの子であることに、変わりはないのだから。


「……ねえ、旦那様」

「……何だ」


 愛しています。


 夫の耳元に唇を寄せて囁くと、オズワルドの身体が一瞬硬直した。

 だが彼はふーっと大きく息を吐き出すと、同じように妻の耳元に唇を寄せ、囁いた。


 俺も、愛している。と。

次の5話でバッドエンドとなります

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― 新着の感想 ―
[一言] バッドエンドになると解っていても……今のこの穏やかな様子が幸せそうで、夫婦に愛情が通ったからこそのこの後の展開なのかと思うと、人の心は悲しいですね。
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